戻ってきたら

 そしてそれから、何度目かの時を知らせる鐘が鳴った頃にカナメとアリサは流れる棒切れ亭へと戻ってきた。

 楽しそうな笑顔のアリサと少し難しい顔のカナメの対比に、椅子から立ち上がったエリーゼは首を傾げる。

 二人が「通じ合った」笑顔を浮かべながら手を繋ぎ帰ってくる光景を望んでいたわけではないが、これはこれで反応に困るというか何があったか心配になるのである。


「お帰り……なさいませ?」

「え、ああ。ただいまエリーゼ」


 即座に取り繕った笑顔で返してくるカナメと、普段と変わらぬ感じで「ただいまー」と返してくるアリサ。

 即座にカウンターに座って「お茶ちょーだい。変に高くないやつね」などと話しているアリサはどう見てもいつも通りなのを見ると、何か深刻な事態が発生したというわけでもなさそうだ。

 となると、カナメ的に何か納得のいかなかったことがあったというところだろうか?


「あの……どうかなさいましたの、カナメ様?」


 エリーゼがそう聞いてみると、カナメは「んー……」と言いにくそうに頭を掻く。


「いや、帰りにアリサと色々寄ってきたんだけどさ。アリサがお金出してくれたんだよ」


 俺も出すって言ったのに受け取ってくれなくてさ、と言うカナメにエリーゼは「はあ」と頷く。

 つまり、割り勘でなく奢られてしまったのが不満ということだろうか。

 それはとてもカナメらしい思考だとエリーゼは思い、フォローの言葉を探して。


「本当はああいう場合って男が全部出すべきなんだろうけど、アリサはそういうの嫌がるだろ?」

「当然。経済力を見せつけるのが男らしさだってんなら、この世で一番男らしいのは金払いの良い成金連中だよ。そういうのをありがたがる奴も、誇る奴も吐き気がするね」

「だから割り勘にしようって言ったのに受け取らないんだよ。女の子に奢らせるって、正直どうなんだろう」

「はあ」


 エリーゼは同じ呟きを返しながら、デートという単語を頭に思い浮かべる。

 如何にも通じ合った風の二人はもはや師弟とか恋人というよりは夫婦のようにすら見えるのだが、それはエリーゼの考え過ぎだろうか?

 そうに違いないとエリーゼは自分を納得させ、少し考え口を開く。


「アリサ。別に半額くらい受け取ってもいいのではありませんの? 先程の理屈で言えば、アリサが経済力を見せつける必要もありませんわよね?」

「うん、だからさ。私に付き合わせた分は私が払ってるってだけ。高級な料理屋に行ったってわけでも無し。わざわざ割り勘にする必要性は感じないね」

「そういうものかしら……屁理屈じみてる気もしますわ」

「あ、だったらさ」


 黙って聞いていたカナメが、何かを思いついた顔で歩きアリサの隣に座る。


「俺がアリサを連れまわして遊びに行く時は、俺に奢らせてくれるってわけだろ?」


 なるほど、アリサの理屈ならばそういうことになる。

 エリーゼが感心したように頷いていると、アリサはニッと笑ってカナメの肩を小突く。


「へえ、カナメにそういう事言う度胸あったんだ」

「な、なんだよ」

「べーっつにー」


 ニヤニヤしながらアリサはカナメの肩を連続で小突くと「いいよ」と答える。


「その時は、奢られてあげる。楽しみにしとくよ、カナメのセンスをさ」

「ぐっ!」


 センスを問われたカナメは急に自信が無くなったのか呻くが、そんなカナメを見てアリサは楽しそうにニヤついている。

 そんな光景を見ていたエリーゼは急に焦燥感に駆られカナメとアリサの間に割り込むように立つ。


「か、カナメ様! アリサの前に今度は私と一緒にお出かけする番ですわよ!?」

「え? あ、ああ。そうだよな、エリーゼだって色々観光したいよな」

「そういう……あ、いえ。そうですわ、私だってカナメ様と聖国を見て回りたいですもの!」


 そっかー、と納得したように頷き考え込むカナメに、エリーゼは心の中だけで溜息をつく。

 どうにもカナメは自分と恋愛関連のワードが結びつかないようだ。

 だが、あるいは無意識に考えないようにしているのかもしれない、ともエリーゼは思う。

 恋愛関係になるということは今の関係が少なからず崩れる事ではあるし、カナメのことだから「無責任に誰かと付き合うなんてもってのほか」と考えていてもおかしくはない。

 まあ、その辺りはカナメにしか分からない事ではあるが……今のところ「特別」ではなくとも、カナメに大切にされているという自覚がエリーゼにはある。

 エリーゼが恋愛初心者であるせいか、それだけでも今は幸せだ。

 でも、いつか。

 いつか、たった一人の「大切」になりたいと思ってしまうのは、エリーゼの我儘だろうか?

 そんな事をエリーゼが考え始めた時……ドアが開く音が響く。

 そのままスルリと室内に身体を滑り込ませてきたのはエルではなく、背の高い黒髪の男。

 濃茶色のマントを羽織ってはいるが、その狂気すら感じる顔はまさに暗殺者。

 カナメと同じ黒髪黒目でも此処まで違うものかと驚きつつも、エリーゼは腰の後ろにつけていた短杖に手を伸ばす。

 少しでも余計な動作をすれば、いつでも魔法を放てるようにエリーゼは気を張り……。


「本当に帰ってきていたとはな。今回は随分長かったじゃないか、ダルキン」

「ええ。神官長ともあろう方に此処の手入れを頼んで悪かったですな」

「はは、気にするな。俺とお前の仲だろう」


 凶悪な笑みを浮かべてダルキンと談笑する暗殺者じみた男の正体に、エリーゼは思わず全身の力が抜けるのを感じた。

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