その頃

「……心配ですわ」


 カナメ達が出て行ってから何度目になるか分からない台詞をエリーゼは呟いた。

 イリスは「今のうちに色々と考えを纏めておきたい」と部屋に行ってしまったし、ハインツはこういう時にはダメだ。

 望めばエリーゼの不安を解消する為に様々な手を使うだろうが、エリーゼは不安を解消されたいわけではない。

 必要なのは気分の切り替えでも誤魔化しでもなく、カナメなのだ。

 そのカナメがアリサと二人で仲を進展させているのではないかと、心配でたまらない。

 なにしろアリサはエリーゼの目から見ても美人だし、スタイルだっていい。

 性格は明るいし良く気が付くし、おまけに色々と器用なのも知っている。

 そんなアリサが「その気」になったら、カナメは一押しでコロンといってしまうのではないか。

 平時ならともかく、この不穏な空気の漂う中で二人の仲が深まってそういうことにならないと誰が言えるのか。


「まあ、然程心配はいらないでしょう」

「……適当ななぐさめは結構でしてよ、ダルキンさん」

「いえいえ。単に人生経験からくる推測ですとも」


 人生経験、という言葉にエリーゼは少しだけ反応する。

 それはエリーゼにはないものだし、ハインツとてまだまだ持ちえないものだ。

 実際、賢人というものはその身に蓄えた歴史を財産にしており、ダルキンもまたその類であるようにエリーゼには思えたのだ。

 だからこそエリーゼは机からカウンターへと移動し、ダルキンの前の椅子に座る。


「どう心配がないと仰るんですの?」

「エリーゼさんはあの二人の関係がご心配の様子ですが……私の見たところ、そう簡単に進展するような仲ではありませんな」

「そんな事分からないじゃありませんの」


 男女の関係など、どう転ぶかなんて分からない。エリーゼだって、カナメを好きになるなんて予想すらもしなかったのだ。

 そうしてなってみると、自分が意外に嫉妬深い事にまで気付いてしまう。

 そんな自分が嫌だし見せたくないと思っていても、どうにも抑えきれない。

 そんな「どうにもならない」のが恋であって、その恋が突然始まるものであるならば……アリサとカナメがそうならないと、何故言えるのか。

 そんな想いを込めてダルキンを見るエリーゼに、カナメは「いいえ、分かりますとも」と答える。


「あの二人の間……というよりもカナメさんからアリサさんに向けた感情は、「気になる女性」というよりも「目指すべき目標」という感じでしたからな。一方のアリサさんからは保護者じみたものを感じました。どちらもそう簡単に変わる感情ではありません」

「む……」


 言われてみればそうだったとエリーゼは考える。アリサはいつも一歩引いて見守る風であるし、カナメはいつもアリサの挙動を観察して真似しようとしているのをよく見る。

 確かにそれは師匠と弟子にも似たものであり、恋や愛とは少しばかり違うものであるように思える。

 師弟愛という言葉もあるにはあるが、エリーゼの危惧しているものとは違う。


「何かあれば絆は深まるでしょうが、恋や愛に発展するかといえば……」

「可能性は低い、ですわね」


 納得するエリーゼにダルキンはその通りです、と頷く。

 ちなみにだが、このダルキンの言葉は全て詭弁だ。

 魔法士の大好きなそれっぽい理屈を並べてはいるが、恋だの愛だのは本当に唐突に始まる。

「好きになった理由」なんてものを説明できる「好き」は、ダルキンに言わせれば浅いにも程がある。

 ならば、その「理由」が無くなったらその恋や愛は冷めるのか。

 答えは大抵「是」であり、つまるところ理屈で始まる愛はその式が解を証明できなくなった時に霧散するのだ。

 これに比較してみると、理由の分からない恋は厄介だ。

 自分の気持ちを理解しようと思っても理解できず、とにかく混乱する。

「何故」だけが心の中で繰り返し、答えなどいつまでたっても導けない。

 それっぽい理屈を当てはめて自分を納得させてみたところで、それが無くなっても嫌いになれない。


 ……そして、これは「土台」があると非常に強固になる。

 たとえば信頼関係。カナメとアリサの間にある関係は、一端恋や愛に発展すると止まらないだろう。

「そう簡単に変わらない」というのは事実なのだが、ふとした事で変わるのもまた事実だ。

 ダルキンのみたところエリーゼのカナメに対する気持ちは「理屈ではない恋」の方だろうが、だからといってそれが実るのかどうかまではダルキンには分からない。

 だからこそ、それっぽい理屈を並べて誤魔化したのだ。

 エリーゼ自身、「自分を適当に誤魔化して安心させたくない」と思ってはいても、やはり誤魔化されたいのだ。

 そんなことはない、と。安心だと自分を誤魔化したくてたまらないからダルキンの理屈に無意識のうちにのってしまっている。


「それよりも、さて。カナメさんはメイドナイトとバトラーナイトのどちらをご希望なのでしょうな」

「……バトラーナイトがいいと思いますわ」

「ハハハ、メイドナイトはお嫌ですかな?」


 笑うダルキンに、エリーゼは「そうではありませんけど」と呟く。


「……甲斐甲斐しいメイドナイトに、カナメ様が惚れてしまわないか心配ですもの」


 男の方はそういう女性に弱いのでしょう? と。

 そう心配そうに呟くエリーゼにダルキンは「人によりますな」と答える。


「……ああ、なんだか別の心配が出てきましたわ」


 そう言って再び溜息をつくエリーゼに、ダルキンはどうしたものかと再び思案し始めた。

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