残念
「あー……なんていうか、カナメ。元気出して?」
ガックリと肩を落としたままヴェラール神殿を出たカナメに、アリサはそんな慰めの言葉をかける。
今はメイドナイトもバトラーナイトも居ない。
他に問題が多すぎて、一番大事なその可能性がすっぽりと頭の中から抜けていた。
元々メイドナイトもバトラーナイトも狭き門であり、しかも認定されれば色んな人間が彼等に接触を図ろうとする。
当然といえばあまりにも当然すぎて、実にどうしようもない。
そもそも聖国にそんなに選べるほどバトラーナイトやメイドナイトが留まっているのならば、もっとあちこちで騒ぎが起こっていそうなものだ。
あるいは紹介状というアイテムが冷静な思考を狂わせたのかもしれないが、タイミングが良ければトントン拍子に進んでいた事を考えれば人のせいにするのは愚かな話だ。
「まさか居ないなんて……」
「そんな日もあるよ」
カナメの肩をポンポンとアリサは叩くが、カナメは元気がないままだ。
まあ、今日起こった事を思えば当然だが……流れる棒切れ亭に帰る前にどうにか元気づけられないかと考えるアリサはしかし、不快な視線に気付きカナメの手を引いて足を速める。
ヴェラール神殿を出た瞬間からその不快な視線は無数に感じていたが、あえて無視していたのだ。
だが一つの視線はやけにしつこく……確実にカナメとアリサに興味を示している。
絡まれる前にこの場を離れようとしたアリサだが、一瞬遅かったようだった。
「お待ちを!」
叫びながら走ってくる足音にアリサは小さく舌打ちするが、「普通の男女」を装っている以上無視するわけにも跳んで逃げるわけにもいかない。
仕方なく立ち止まれば、その声の主はカナメ達の行く手を遮るように前に回り込んでくる。
キッチリとした仕立ての良い服に、切り揃えられた銀髪。
細い……というよりはひょろ長く、狐を思わせる細い目。
明らかに一般人ではなく、この周辺にいる「何処かの誰かの遣い」であろうことが一目で理解できる。
関わりたくない類の相手ではあるのだが、これだけ積極的にこられてはどうしようもない。
愛想笑いを浮かべるアリサに、男は気をよくしたのだろう。オホン、と偉そうな咳などをしてみせる。
「失礼ですが、先程ヴェラール神殿から出てこられたようですね?」
「ええ。彼と観光で来ましたっ」
言いながらアリサはカナメに軽く抱き着き、カナメは顔を赤くしながらもコクコクと頷く。
その様子に男はふむと頷き……本当にわざとらしく笑顔を浮かべる。
「おお、おお。そうでしたか! ああ、申し遅れました。私はラナン王国セッツァ伯爵の遣いとしてこの地に派遣されております、ギャルツと申します。どうぞお見知りおきを」
「わあ、お貴族様の!」
言いながら、アリサは「自己紹介なんかしてんじゃねーよ」と心の中で愚痴る。
自分は偉い貴族の遣いだぞ、と明かすことでプレッシャーをかけたつもりなのだろうが、一言でいえば「だからどうした」だ。
アリサはこの手の自分のものでもない権威を笠に着る相手が大嫌いだし、可能なら顔の形が変わるまで殴ってやりたいとも思っている。
しかし、ここはとりあえず我慢の一手だ。
「凄いね、ダーリン!」
カナメに抱き着きながら顔を寄せ、「ハニーね」と囁く。
名前一つ教えただけでどう使われるか分からない以上、「物凄いバカップル」を装うのが一番無難だ。
リンゴか何かのように顔を真っ赤にしているカナメはコクコクと頷くだけの人形を化しているが、まあ一応聞いているようだ。
「随分と長い時間中に居られたようですが、ひょっとして何か」
「ええ、もう凄い綺麗ですよねー! ついついぼーっとしちゃいました!」
するわけがない。するわけがないが、どうせ真実など分かるはずがない。
たとえこの男が後でヴェラール神殿に問い合わせたところで答えるはずもないし、確認のしようがないのだ。
想像以上にテンション高く騒いでいるアリサの様子に「まさかヴェラール神殿にコネがあるのでは……」と考えていたギャルツは面食らい、時間の無駄だったかと後悔し始める。
笑顔を浮かべてはいてもその焦りは手に取るようにアリサには分かる。
だから、ここで少しばかりダメ押しをする。
「あ、そうだ! お貴族様ならこの町の素敵でロマンチックな場所とか分かります? 教えてくださいっ」
「え、あ、いえ。おっと! 急用を思い出してしまいました。私はこれで!」
そそくさと逃げていくギャルツを内心で舌を出しながら見送ると、アリサは小さく「ばーか」と呟く。
他の視線もカナメ達は外れだと判断したのか無くなり、アリサは清々とした顔でカナメに「いこっか」と囁く。
するとカナメの顔がカクカクとアリサの方を向き……「そ、そそそ……そうだな、ハニー」という言葉が口から漏れ出してくる。
「……ぶふっ!」
「え!? な、なんで笑うんだ!?」
「あ、あはは! あは、あはっは! ははは……あははははっ!」
大笑いしながらアリサはカナメの肩をばしばしと叩く。
なんでと言われても、これを笑うなというほうが無理だ。
多少成長していても、やっぱりカナメはカナメで。
「いやいやいや。ぷふっ……ちょっと寄り道して帰ろっか。ダーリン?」
そうやってからかいながら、アリサはカナメの手を引いた。
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