ヴェラール神殿2

「は、初めまして。カナメです」

「アリサです。今日はお忙しいところをありがとうございます」

「なに、構わん。ダルキンの紹介状を持ってきたのだろう? 奴の紹介ともなれば無下にもできん」


 にこりともしないままに神官長は答えると、神官騎士に「受け取ってこい」と告げる。


「では、私にお預けいただけますか?」

「ええ、喜んで」


 アリサから二通の紹介状を受け取ると、神官騎士はそのまま神官長の手元へ持っていき……それを更に受け取った神官長は訝しげな顔をする。


「二通? 二人分、というわけではないな。こっちはダルキンの筆跡だが……」


 言いながら神官長は一通を開いて目を通し、次にもう一通に目を通す。


「クシェル……か。覚えている。中々優秀だった」


 二通の紹介状を机に伏せると、神官長は顔をあげる。


「さて、改めて自己紹介しよう。俺の名はセラト・メルフィード。このヴェラール神殿の神官長だ」


 セラトに視線を向けられた神官騎士は「ハーネットです」と短く自己紹介する。


「君達は間違いなく我々の客人だ。歓迎しよう」

「え、と。ありがとうございます?」


 いまいち分かっていない顔でカナメは頭を下げるが、アリサは今の言葉の意味に勘付く。


「つまり、先程までは客人ではない……疑われていたわけですね」

「えっ」

「その通りだ。気を悪くしたならすまんが、くだらん紹介状を持ってくる輩や……偽造の紹介状を持ってくる愚か者もいる。角が立つから一応会うことにしているが、それまでは「要警戒」といったところだな」


 ショックを受けているカナメにセラトは興味深そうな視線を向け、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「……とはいえ、カナメ君は嘘をつけるような人間には見えんがな。先程から表情がクルクルと実に目まぐるしい。偽の紹介状など持って来ようものなら、間違いなく顔に出るだろう」

「え、えーと……はは……」


 笑って誤魔化すカナメをしばらくセラトは観察するように見ていたが、テーブルの上で手を組み「さて」と話を切り替える。


「この二つの紹介状には内容に差こそあるが、大体同じ事が書かれている……君がメイドナイト、あるいはバトラーナイトを必要とする人間だと、な」

「は、はい」

「だが同時に、クシェルの紹介状にはこうも書いてある。君はひょっとすると、英雄王の再来かもしれん……と。レクスオール神殿の神官長がわざわざミーズに向かったのは、そういう理由だったのだな」


 カナメがどう答えたものか悩んでいると、セラトは人差し指でコツンと机を叩く。


「ちなみにだが、レクスオール神殿から「レクスオールの弓の偽物を持った男が現れた」という伝令も来ていてな。これも君だな?」

「……はい」

「ふむ」

「で、でも聞いてください! 俺は英雄王の再来なんかになりたいわけじゃないんです! それに……レクスオールの代行者だなんて名乗った覚えもない! なのにイリスさんが……」


 カナメの叫びにセラトは表情を変えないまま「そうか」と頷く。


「ダルキンの紹介状には、ありのままの君を見てやってほしいと書いてある。あの偏屈爺にそう言わせるとは、結構気に入られているようだな」

「え……」


 紹介状の中身など見ているわけではないが、どうやら内容が相当に好意的であったようだ。

 セラトの雰囲気もカナメを追い出すようなものではなく、しかし柔らかいわけでもない。

 カナメが何を言うべきか迷っている間に、セラトは何かを納得したように頷く。


「レクスオール神殿の連中が何を言おうと、ヴェラール神殿にはヴェラール神殿のやり方というものがある。それは分かるか?」

「は、はい!」

「君がその「偽物とされた弓」を持っていないのは、君なりの配慮なのだろう。それは一般的に正しい。しかし君が後ろ暗いところはないと主張するのであれば、持っているべきでもあった」

「それは……どうかと思いますが。実際、町中にはすでにレクスオール神殿の伝令が回っています」


 アリサの主張にセラトは「その通りだ」と頷く。


「現実的にはアリサ君の言う通りだ。君が後ろ暗いところが無くともレクスオール神殿の主張はこの町の人間には「真実」として伝わり、事実がどうあれ町の人間は弓を持ったカナメ君を悪質な偽者と扱うだろう」


 そう言うと、セラトは立ち上がりカナメの眼前まで歩いてくる。

 ハーネットと同じくらい身長の高いセラトにカナメは圧倒され下がりそうになるが、なんとか踏みとどまり……そのカナメをセラトは静かに見下ろす。


「故に、君が意地を張らぬのは正解であったと結論できる。無用な混乱を招くのを良しとしなかった君の行動を俺は評価する」

「……」


 そう言われても、カナメは素直に「はい」とは言えない。

 弓を持つのはマズいくらいは考えていたが、そこまで深く考えていたわけではない。

 たとえ「持ってこなかった」のが事実であろうと、セラトからの評価は過分であるように思えたのだ。


「あの……俺は、そこまで考えていたわけじゃないです。町に出るまでは、あんな伝令が回っているとも思ってませんでしたし。ひょっとしたら「ま、いいか」とかって弓を持ってきてたかも……」

「だろうな」


 アッサリとそう言うセラトにカナメは「は?」と呆気にとられた顔をし、隣で黙っていたアリサはなんとも微妙な表情をしている。


「君はそういう芸は苦手だろう。真面目に生きるのが取り柄に見える」

「えっ、なっ」

「見当違いの賞賛にこれ幸いと乗るようなら不合格だったんだがな。どうやら君は、つまらんくらい真面目なようだ」


 すでに褒められているのか貶されているのかも分からずカナメは絶句してしまうが、セラトは初めて楽しそうに……実に凶悪な笑みを浮かべる。


「ヴェラール神殿の神官長セラトの名の下に君を客人と認めよう、カナメ君。弓に関しては我々は管轄違いだから今はどうにも出来んが、新しいメイドナイトやバトラーナイトに関しては……認定したら君達に一番に知らせよう」

「は、はい! ありがとうございます!」


 カナメはそう言った後に、違和感を覚え首を傾げる。


「……あれ? 認定したら、ってことは」

「今は此処には一人も居ないな。鶏の卵でもあるまいし、毎朝産みたてが用意されるわけじゃあない」


 当然だろう、と言うセラトにカナメはガックリと肩を落とし……アリサは小さく溜息をついた。

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