ヴェラール神殿

 ヴェラール神殿の内部は飾り気はあまり無く、しかし質素ではなかった。

 飾られた調度品はあくまで気品高く、それでいて自己主張しないものばかり。

 アリサの見立てでは相当高いもののはずだが、ちらっと見ただけでは正確な値段など分かるはずもない。

 だがそれよりも気になるのは、やはりあちこちにいる執事やメイドらしき者達の姿だろう。

 忙しく動き回る彼等はバトラーナイトやメイドナイトに見えないこともないのだが、何処か違うような気もする。


「彼等は見習いです」


 アリサやカナメの視線が何処に向けられているか感じ取ったのか、前を歩いていたはずの神官騎士がぴたりと立ち止まる。


「見習い、ていうとバトラーナイトとかメイドナイトとかの……」

「その通りです。このヴェラール神殿ではメイドナイトやバトラーナイトの認定を行っていますが、同時に育成も多少ではありますが行っています。当然、何処かの紐付きではない者に限りますが」


 紐付き。つまりすでに何処かに雇われていたりするのではなく、フリーの者限定ということなのだろうが……カナメはそれを聞いて、つい疑問が口から出てしまう。


「えっと。なんていうか、見分けるの可能なんですか?」


 口でならなんとでも言える。実際には何処かの紐付きでも、そうではないという風を装っていれば分からないのではないだろうか?

 そんなカナメの疑問に、神官騎士は振り返ると薄く笑う。


「可能か不可能かでいえば、可能です。絶対かと言われれば「絶対ではない」とお答えしますが」

「そ、そうなんですか」

「ええ」


 そう言って再び正面に向き直ると、神官騎士は廊下を歩き始める。


「もっとも、来る時に純粋であろうと誘惑は多いものです。卵のうちに色を染めようとする輩も多い」

「でしょうね。上手く育てば最高の従者が簡単に手に入る。托卵するよりは、そちらのほうが楽かもしれません」


 アリサがそう返せば、神官騎士は「そういうことです」と返してきながら角を曲がる。

 その後を駆け足でカナメが追いかけ曲がると、神官騎士がそこで体ごと振り返り待っていた。


「う、うわっ!?」


 ぶつかりそうになったカナメを抑えると、神官騎士は表情だけは優しく微笑む。

 こうして間近から見ると神官騎士の男は大分大柄で、筋肉質であることが分かる。

 金色の髪は短く刈り込まれ、青い瞳には意思の強さが透けて見える。

 顔立ちだけでいえば好青年然としているが、威圧感がその全てを打ち消してしまっている。


「そういうことをしようとする連中を叩き出すのは、私達の役目です。どうか彼等に声をかけられることのないよう。要らぬ誤解を招きます」

「わ、分かりました」


 頷き神官騎士は再び前を歩きだし、その背中にアリサが声をかける。


「けれど、一般参拝者もいますよね? そんな中に彼等を置いて声をかけるなというのは無理があるのでは」

「その通りです。しかし従者とは本来は影。その辺りの石や草に話しかける者がないように、真の従者はそう徹すれば目立たないものです。故に、参拝者に声をかけられるのは未熟の証。逆に彼等が「そうである」と理解し話しかける者は大抵が勧誘目的の不届き者です」


 確かにハインツなどは意識しなければその辺りの壁の絵や家具と同等の存在感な男だ。

 あれだけの男がその程度の存在感なわけがないのだが、まさに神官騎士が言ったような「目立たない」を実践しているということだろうか。

 

 そんな事を考えながら廊下を進み、曲がり、階段を上がり、ドアを開けて、また進んで。

 そうしているうちに、カナメ達は一つの部屋の前まで辿り着く。

 重々しい色をした木の扉を神官騎士が押し開けると、そこには一際地味な部屋があった。

 調度品は先ほどまで同様高いであろうと思えるものばかりなのだが、どうにも地味……良く言えばわびさび、といったところだろうか。

 部屋自体は広いのだが、いまいち「神官長の部屋」という印象からは遠い部屋。

 一番目立つのは部屋の奥に置かれた古くて重そうな木の机。

 書類の積み重なったその部屋は薄暗く、重々しく。

 壁に並んだ本棚がその重々しさを増幅させている。

 小さな窓があるのみの部屋には魔法の明かりのようなものが昼間だというのに浮いており、正直健康に良さそうな場所ではない。

 部屋の中でカリカリと響くペンの音は、木の机の辺りから響いており……そこに座る黒髪の男がどうやら神官長であるのだろうことだけが理解できた。


「神官長。流れる棒切れ亭からの紹介状をお持ちだという方をお連れしました」


 神官騎士がそう告げると、ペンのカリカリという音が止み……机に向かっていた黒髪の男が顔をあげる。

 顔を上げたその神官長らしき男はカナメと同じ黒髪黒目で、しかしカナメと比べると目付きは鋭く気難しそうな顔をしている。

 神官というよりは暗殺者じみた顔……というのはカナメの抱いた感想だが、そんな男は肩をゴキゴキと鳴らし息を吐く。


「……なんだ。ダルキンの奴、聖国に帰ってきてたのか?」


 そう言って、神官長はカナメ達に視線を向ける。


「ああ、ようこそ。俺がヴェラール神殿の神官長だ」

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