ヴェラール神殿へ

「……めんどくさい事になったなあ」


 腕を組んでいてもすでに難しい顔になってしまっているカナメの顔を横目で見ながら、アリサは呟く。

 当然といえば当然なのだが、カナメのことを「偽者。騙されるべからず」というような通達をレクスオール神殿の神官がして回っているようだ。

 あの短時間で人相書きが出来ているとは思えないし、先程の女主人もカナメを至近距離から見ても何も表情を変えなかった。

まあ、「黄金の弓」という至極わかりやすい特徴があるのだから人相など伝えるまでもないということだろう。

 この分だと各神殿や宿にも同じような通達が行っているのは確実で、下手に宿がとれていたら追い出されていたかもしれなかった。

 そのあたりはダルキンやルウネとの縁に感謝というところだろう。

 それよりも問題は、ヴェラール神殿のほうだ。

 元々聖国は他国の影響を跳ね返す事で有名な国だが、言ってみればそれは融通が利かない石頭な側面があるということでもある。

 仲間であるレクスオール神殿の通達を受けて尚、紹介状に効果があるのか……そのあたりはアリサにはどうにも判断がつかない。

 しかしながら、後戻りなどすでに出来ない。

 目の前に迫ってきたヴェラール神殿を眺めながら、アリサは組んでいるカナメの腕をぐいと引っ張る。


「ほら、カナメ。気持ち切り替えて。ヴェラール神殿着いたよ」

「……なあ、アリサ」

「ん?」

「あの人達、なんであんな事したんだろう? 神殿の中の話だけで済ませておけば、どう転んでも収拾はつけられただろうに」


 カナメの投げかけてきた疑問は、アリサも確かに思ったことではある。

 公衆の面前でカナメを偽者と罵倒したとはいえ、神殿の中での話であればどうとでも後から言い繕える事だ。

 神官騎士であるイリスが関わり、神官長が現場の確認の為にミーズの町へ出かけている以上はカナメの件はできる限り慎重に扱うべきもののはずだ。

 たとえ何か権力闘争的な思惑があったとしても、今後の事を考えれば言い訳の余地は残しておくべきだ。

 それをわざわざ町全体まで広げたからには「絶対に偽者」という確信を抱いているか、あるいは「どうあってもカナメに早めに町を出て行ってもらいたい」と考えているかのどちらかだ。

 だが、それがどちらであるか考えるのは後でもできる。


「……さあね。とにかくほら、行くよ?」


 言いながら、アリサはカナメと共にヴェラール神殿へと進む。

 レクスオール神殿と違い要塞じみていないヴェラール神殿は敷地を白い壁で覆ってはいるが門番を立てているわけでもなく、二階建ての建物は通常神殿が持っているべき厳かな雰囲気を放っている。

 門を潜り中に入れば丁寧に手入れされた芝生の庭が広がっており、それを手入れする神官の姿があちこちにある。

 どうやら、そこかしこにいる神官も何かしらの作業途中のようで忙しく動き回っているが……その視線はカナメやアリサを一瞬ではあるが確実に捉えている。

 おそらくはカナメ達が何をしに来たのかを慎重に探っているのだろう。おかしな真似をすれば、すぐに叩き出す準備が出来ているはずだ。


「見られてる、な」

「そだね」


 一般人には気づかれない程度のはずの視線に気づいているカナメの成長にアリサは軽く驚きつつ、表面上は軽く頷いてみせる。

 ちなみにこっちを探っているにも関わらずコンタクトをとってこないということは「問題ない」と判断されている証であり、とりあえずいきなり問答無用で叩き出されるような心配はないということでもある。

 構わず奥へと進んでいくと、やがて一人の濃茶色の神官服を着た神官が神殿の奥から出てくるのが見える。

 濃茶色の神官服の上には銀色の胸部鎧をつけており、ひょっとしなくても神官騎士なのであろうことが良く分かる。

 腰に下げた剣は神官らしくはないが、騎士らしいといえばらしいだろう。

 そんな神官騎士の男はアリサの前で立ち止まると、簡単な礼の姿勢をとる。


「ヴェラール神殿へようこそ、おそらくは旅の方々。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ここで対応を間違えるとやはり叩き出されるのだろうが、アリサは同じように礼の姿勢をとると無難な営業用の笑顔を浮かべてみせる。


「初めまして、ヴェラール神殿の神官騎士様。私はアリサ。こちらはカナメ。本日は神殿宛に一つ、そして神官長様宛に一通ずつ紹介状を持ってきております」


 慌ててアリサと同じように礼の姿勢をとっているカナメと、アリサの二人を見比べると神官騎士は「お預かりしましょう」と手を差し出す。

 しかし、アリサはそれに笑顔で返すと「出来かねます」と答える。


「神殿宛はともかく、片方は流れる棒切れ亭のご主人より「神官長様宛」と直接言付かっております。如何に神官騎士様といえど、おいそれと預けるわけにはいきません」

「流れる棒切れ亭の……」


 どうやら店の名前だけで何かを察したらしい神官騎士の様子を見るに、茶飲み友達だとかいう話は真実だったようだとアリサは心の中で安堵の息を吐く。

 神官騎士は考え込んだ後に「分かりました。ついてきなさい」と告げ身を翻す。


 とりあえず、第一関門突破。口には出さず、心の中だけでアリサはそう呟いた。

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