普段とは違う、ような

 いつもとは違う服を着てみると、世界が変わるという。

 服飾職人の販促のための戯言にしか聞こえなかったソレも、こうして試してみると多少は理解できるかもしれない、とアリサは今思う。

 普段は絶対着ないような防御力の低い服に、蹴るにも跳ぶにも不向きなふんわりスカート。

 腰に剣の重みが無いのもなんとなくソワソワするし、なんとなく人の視線もいつもとは違う気がする。

 ついでに言えば。

 そう、あくまでついでなのだが。カナメが少し高めと分かる柔らかめの布の服を着ると、元々持っている穏やかな雰囲気が増幅されているような……気もする。

 更に言えば、隣から……具体的に言えばカナメから視線をちらちらと感じるのがどうにもチクチクする。

 このなんとも的確に表現しきれない奇妙な感覚が「世界が変わる」ということであるのならばなるほど、確かに世界は変わっているのだろう。

 

「あのさ、カナメ」

「え!? な、なんだよアリサ」

「そのチラチラ見るのが凄い気になるんだけど」

「み……みみみ、見てない!」


 見てるでしょ、という台詞は飲み込みながらアリサは頬を掻く。

 とりあえずヴェラール神殿に向かう前に周囲の状況を軽く確認しようと辺りを歩いていたのだが、先程からカナメはこの調子だ。

 この反応は少々覚えがあるが、所謂「ちょっと気になる相手」と一緒にいる時のそれだ。

 先程の衝撃がまだ続いているのかは知らないが、こうなってしまうと実に面倒だ。

 どうでもいい相手ならビンタの一発でも頬に見舞ってやれば目を覚ますのだが、カナメにそれをするわけにもいかない。

 冒険者ではなく馬車か何かで来た巡礼者風になることで視線もかなり減るはずだったのだが……カナメがソワソワしているせいで微笑ましい視線がいくつか投げかけられているのが分かる。


「あー、もう……しょうがないなあ」


 このままでは、どちらにせよ何もできない。

 好意的な視線といえど視線は視線であり、無駄な注目はいらぬ面倒を呼び込みかねない。

 となると、それを防ぐのは突き抜ける事であり……「見ない方がいい」と思わせることだ。

 つまり、どうするかというと。


「ほら、カナメ。行くよ」

「うわっ」


 ぎゅっとカナメの手を握り、アリサはリードするように歩き出す。

 カナメがどうにもならないのであれば、いっそ恋人か何かのように振る舞うのが一番いい。

 幸いにもカナメは冒険者にありがちなスレた雰囲気が無く、どちらかというとアリサのほうにそういう雰囲気がある。

 となると、少しばかり認めがたい事実ではあるのだが……アリサがカナメをリードしているのは、まあなんというか状況に合っているのだ。

 たとえるなら「良家の箱入り息子と、それを上手く射止めた庶民の娘の婚前旅行」といったところだろうか。

 実際そんなのの護衛をしたことがあるし、実にウザかったのを覚えている。

 

「あ、アリサ。俺は大丈夫だから」

「何処が大丈夫なんだか。ほら、見てみなよアレ」

「え?」


 アリサに視線で示された先をカナメが見ると……何かの店らしき場所から盾を背負った白い服の神官が出てくるのが見える。


「あれって……」


 神官は周囲を見回すと、今度は別の店へと入っていく。

 そのまましばらく見ていると神官が出てきて、やはり周囲を見回してから何処かへと歩き去っていく。

 その様子は何かを警戒しているようにも、誰かを探しているようにも見える。

 すっかり高揚感も収まり真剣な表情になったカナメは、それが恐らく自分達に関連する何かであろうと至極当然の推測をする。

 だが、何をそれほどまでに警戒しているのかが分からない。

 まさか今更「おお、貴方こそレクスオールの化身!」などとやりたいわけではないだろう。

 あそこまで堂々と非難して追い出した以上、向こうだって引けないはずだ。

 弓にしたところで「持っていてもいい」と宣言した以上は取り上げようなどとはしないはず。


 ……となると、何が目的なのかサッパリ分からない。


「なあ、アリサ。あれって」

「行ってみよっか」


 言うが早いか、アリサはカナメの腕に自分の腕を絡める。


「う、うわわっ!?」


 伝わってくる柔らかい感触にカナメは再び顔を真っ赤にし、アリサは内心で良しと頷く。

 カナメはどうにも誤魔化しが苦手だから、こういう時にはまともな判断を出来なくしておいた方がいいのだ。

 アリサはそのままカナメを引きずるようにして先程神官が出てきた店の中に飛び込んでいく。


「こんにちはーっ!」

「あ、あら。こんにちは」


 アリサを知る者が見たら「誰だお前は」と言いそうな明るい声と笑顔だが、店の主人らしき女はパッと営業スマイルを浮かべる。

 だがその前の微妙に暗い表情をアリサが見逃すはずもなく「あれ、どうされたんですか。何かあったんですか?」と心配そうな表情で首を傾げれば、女主人は「あ、えっと。なんでもないのよ」と誤魔化し始める。


「そんな顔じゃなかったですよ。あ、まさか! さっきの神官さんが何か……!? 大変、すぐそこにヴェラール神殿があったはずですよね。すぐに」

「あ、待って待って! 違うのよ。貴方達みたいに幸せそうな人達に話すようなことじゃなかったから」


 駆けだそうとするアリサを女主人は慌てて止め、声を潜めて「あんまり大きな声では言えないんだけど……」と切り出す。


「レクスオールの代行者の偽者が出たらしいのよ。最近この手の話ばっかりだから今更だけど、悪い印象持ってもらいたくなくてねえ……」


 本当に心の底から心配してくれているのであろう女主人にアリサは「へえ、大変なんですねえ」と気軽な調子で頷き……「あ、これください!」と欲しくもない土産物を購入すると、カナメを押し出すようにしながら店を離れた。

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