流れる棒きれ亭7
「似合ってるですよ」
「そうかなあ……やっぱり別のにした方が」
「往生際悪いです」
何やらルウネにぐいぐいと押されながら出てきたその人物に、カナメは一瞬思考を停止させる。
肩まで伸ばした真っ赤な髪は、後ろで緩く編まれている。
それだけでもかなり印象が違うのだが、柔らかめの白の服にクリーム色の上着、ふわりとしたスカートを合わせたその姿は、いつもの実用性重視の恰好をしたアリサとは全く異なる印象であり……簡単に言えば「えーと……あれはアリサ、だよな?」という疑問符をカナメに浮かべさせる結果になったのだ。
しかしながら、それは似合っていないという意味ではなく……むしろ似合っていたからこそのソレであったのだ。
そんなカナメの驚いた顔を見たアリサは顔を少し赤くすると、片手で隠しながら「ほら、カナメが変な顔してるじゃん……」と呟く。
カナメがエルであれば口笛の一つでも吹いて軽く褒め言葉の一つでも飛ばすのだろうが、カナメはそこまで器用でもないし慣れてもいない。
それでも自分が何かしらの反応をしなければならない事くらいは察して、慌てて言葉を探す。
似合ってる、は少々投げやりすぎだろうか。
綺麗だ、素敵だ。いや、これは気取りすぎて嫌味っぽくないだろうか。
色んな言葉が浮かんでは消え、カナメは焦りながら……しかし「何かしなきゃ」という気持ちだけが先行して、思わず立ち上がってしまう。
そうして立ち上がってしまうと「ここで言わなきゃいけない」という謎の焦りがカナメの口から一番正しいと直感させる言葉を紡ぎだす。
「可愛い。すっごい可愛い」
「なっ……」
「えっ」
最初の「なっ」はアリサで次の「えっ」はエリーゼであるが、それはさておき言った直後にカナメの顔は火にかけた鉄か何かのように真っ赤に染まる。
キザでも嫌味でも投げやりでもないが、一番恥ずかしい言い方になってしまった事に気付いたのだ。
しかし嘘ではないし無かったことにするにも遅すぎる。
それでも、これはちょっとどうなんだろうというカナメの心は「……似合ってる」という追加の言葉を絞り出し……やってしまった、という謎の後悔がカナメの顔を更に赤く染める。
しん、と静かになった店内で……呆然としたアリサは「そっか」と呟いて。
宙に指を彷徨わせながら「あー……そういえば。アレだよ、ほら」と何かを思い出すように視線を逸らす。
「私だけが服変えてもさ。カナメがいかにも冒険者風な恰好してたら、ほら。あれじゃない?」
「それもそうですな。ルウネ、カナメさんにも適当に見繕ってあげなさい」
「はいです」
言うが早いかルウネはカナメの手を引っ張ってカウンターの奥へと消えていき……アリサも「ちょっと足りない荷物とってくる」と階段を上がっていく。
階下からエリーゼの「私も……!」という声やハインツの「落ち着いてください、お嬢様。方向性が間違っています」などという声が聞こえてくるのをそのままに、アリサは一気に階段を駆け上がり、自分に割り当てられた……くじ引きで一人部屋になった部屋に入りドアを閉める。
かんぬきもかけないままに、アリサはドアに背中を預けて。
その瞬間、アリサの顔は先ほどのカナメのように真っ赤に染まる。
両手で顔を覆い隠しても赤さが消えるはずもなく、むしろ赤く染まった顔の熱さが手に伝わり自分がどんな顔をしているのかを否が応でも自覚してしまう。
「……っ!」
落ち着け、落ち着けと自分の心に言い聞かせながら、それでもアリサは先程のカナメの言葉と行動を思い返す。
明らかに言い慣れていない、あの態度。
思わず飛び出してしまったのであろう、あの言葉。
あんなに何の計算もなく「可愛い」と正面から言われたのは、どれくらいぶりだっただろうか。
下心見え見えの褒め言葉は正面から受け流せても、何の計算もない……心の底から出た「本当の言葉」は重い。
強く、深くアリサに突き刺さり……それ故に、ああやって誤魔化すことしか出来なかった。
今も……こうして一人になっても、カナメの投げた言葉がアリサの心から抜けない。
元々、嫌いではない。
嫌いだったらこうして一緒に旅などしていないし、エリーゼかイリスが仲間になったタイミングで最低限の義理も義務も済ませたとばかりに仲間から抜けていただろう。
それをしないのはカナメが嫌いではないからであり、なんとなく放っておけないからでもある。
言い訳をするのであればエリーゼもイリスも彼女達なりの目的があり、それがカナメと合致しているから旅をしているのであって、いわば「普通の仲間」としての視点が自分一人しか居ないという理由もあるが、そんなものは後付けだ。
カナメの事を個人的に気に入っている。
それが最大の理由であり、カナメの言葉がこれほどまでに深く突き刺さった一番の理由だということくらいはアリサにも分かっている。
だがそれでも、その気持ちがエリーゼのものと同じだなどとはアリサは認めるつもりはない。
たとえ万が一の確率でそれに似た物だとしても、それはアリサの奥深くで静かに消えゆくべきものだ。
だからアリサは、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
一度、二度、三度。
「自分」を入れ替えるかのような深呼吸は、アリサをしっかりと元の調子に戻して。
「……よし、行くか」
呟きながら、アリサは階下へと向かっていった。
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