流れる棒きれ亭6
「えっと……アリサ?」
やる気満々のカナメにストップをかけたのは、意外にもアリサであった。
「行くのはいいけど、全員でゾロゾロと行くわけにもいかないでしょ」
「別にいいんじゃありませんの?」
「そうもいかないってば。皆マッチョに惑わされて気づいてなかったかもしれないけど、あの中には一般の参拝者も居たんだよ?」
アリサの言葉に、エリーゼが黙り込む。
先程の騒動の最中に神殿関係者ではない一般人が混ざっていたのなら、それはさぞかし面白い話のネタになることだろう。
しかも言ってはなんだが、カナメ達は結構目立つ。
黄金の弓を持つカナメは勿論だが、これは弓を一時的に置いていけばどうにかなる。
しかし言ってはなんだが、そうでなくともカナメは結構目立つのだ。
この辺りではあまり見ない黒髪に黒い目。
ギラギラもガツガツもしていない、どこか「ぽやん」とした穏やかな雰囲気。
それでいて、日を追うごとにしっかりとした芯のようなものを確立してきたのが目に見えて分かる。
まあ、まだ頼りないところも大分あるが……男性冒険者としては恐ろしく珍しいタイプとも言えるだろう。
ともかく、そんなカナメがアリサ達を連れていると更に目立つ。
アリサは自分の見た目が多少整っているという自覚はあるし維持に努力もしているが、それが目立ちすぎないようにも努力している。
……が、エリーゼとイリスを加えるとそれも無駄になる。
ハインツの徹底サポートにより美少女っぷりに毎日磨きをかけるエリーゼは勿論、このパーティの中で一番スタイルの良いイリスも目立つ。
ただでさえ目立つのに文句のつけようのない美女だし、おまけにレクスオール神殿の「緑」の神官服を着ている。
一目見て神官騎士と分かる彼女が歩けば、十人中七人は振り返り二人は目を逸らし一人は逃げる。
こんな四人が一緒に歩いて人目を引かないわけがないし、目撃者の噂話を聞いた連中が結びつけるのは難しくないだろう。
「今、あんまり目立つのは良くない。この店にも迷惑かかるしね」
此処に来るまでは大丈夫だったかもしれないが、噂というものは時間の経過とともに広がっていく。
そうして噂を聞いた中には、何かよからぬ事を考える輩が居ないとも限らない。
現時点からはもう警戒しなければならない域に入っているのだ。
「なら……どうするんだ? 出かけないってわけにもいかないだろ?」
「まあね。だから、ある程度バラバラに行動しよう」
エルが居れば話が早かったんだけどね、と言うアリサだがいないものは仕方ない。
エルにはエルの用事があるし、パーティの仲間というわけでもない。
「ならカナメ様とは」
「どうやっても目立つイリスとエリーゼは却下ね」
「えっ!?」
私が行きますわ、と言いかけたエリーゼをアリサが言う前に却下し、エリーゼが立ち上がる。
「な、何故ですの!? 私だって目立つまいとすれば」
「無理。エリーゼはカナメ以上に目立つから」
「お嬢様。私もアリサ様と同意見でございます」
「ハ、ハイン! そこは何かアイデアを出すのが貴方の仕事じゃありませんの!?」
「残念ですが、隠して現状があるのでございます。それ以上となると……」
ハインツを揺さぶり始めるエリーゼを宥めようとするカナメを引っ張り止めると、アリサは「消去法でいくと私しか居ないんだけど。さて、どうしたもんかな」と呟き始める。
「ルウネが」
「娘の昔の服で良ければありますが、それでも着ていきますかの?」
「あ、いいね。借りようかな」
「銀貨二枚で一日借り放題」
「このクソ爺」
指を二本立てるダルキンにアリサは銀貨二枚をカウンターに置き、笑顔で睨みつける。
必要なものに金を惜しむ気はないが、上手く遊ばれている感があるのがアリサには気に入らないのだ。
「毎度あり。ルウネ、案内してあげなさい」
「ルウネが行ったですのに」
「お前には店があるだろう」
「どうせ客なんか来ないです」
ぶつぶつと言いながらルウネはアリサに「こっちです」と奥へ案内していき……カナメはそれを見送りながら「そういえば、どうしてお客さん居ないんですか?」と聞いてみる。
結構雰囲気の良い店なのに、居ないのが不思議に思えたのだ。
「此処に来る途中、やけに身なりの良い連中が立っているのを見ませんでしたかな?」
「え? あ、そういえば」
そこかしこに身なりの良い人達が立っているとは思っていたが、それがどうしたのかとカナメは疑問符を浮かべる。
「アレはヴェラール神殿から出てくるメイドナイトやバトラーナイトを勧誘したい連中でしてな。この店に溜まっていた事もあるのですが、あまりにウザいので少々説教しまして。この辺りに来るのはそういう連中が大体ですからなあ」
「はあ。説教ですか。それで来ないっていうのもまあ……」
「あとはまあ、茶屋を始めたのも最近ですしな」
「えっ」
驚くカナメに、イリスは「やっぱり」と呟く。
「こんな珍しい茶葉入れてる茶屋があるなら、もっと有名になるはずですもの。始めたの、本当に最近でしょう?」
「ええ。以前は土産物屋などやっておりましたが」
そんな会話を交わしていると、店の奥からアリサとルウネの声と近づいてくる足音が聞こえ始めた。
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