流れる棒きれ亭5
「ふーん……まあ、一応は理解した。言ってねえ部分は聞くなってことでいいんだよな?」
「いいよ」
「分かった」
アッサリと頷くエルに、アリサのほうが少し驚いた表情を浮かべる。
「もっと食い下がってくると思ってたけど」
「現状が分かれば過去なんざどうでもいいよ。で、どうすんだ? あの様子だと認めさせるってのは難しそうだぜ?」
「んー……」
アリサはイリスに視線を向けながら、「あくまで私としてはだけど」と前置きする。
「カナメと弓を崇め奉れってやりたいわけでは、ない。「我こそレクスオール」と名乗ったわけでもないカナメにあそこまで過剰反応示すような連中の中にカナメを置いとくつもりもないしね」
「カナメはどうなんだ?」
「別に英雄王になりたいわけじゃない。でも、イリスさんがあそこまで言われるのには納得いかない、かな」
カナメの明確な答えにエルは「ま、そうだな」と言って笑う。
「まあ連中も持っている分には問題ないとか言ってたしよ。適当に……あ、そういやお前等、メイドナイト探すんだっけか」
「まあね」
「そっか。頑張れよ」
そう言うと、エルは席から立ち上がる。
「正直、そっち方面では協力できねえしな。俺は俺の目的を果たすとするさ」
「あ、そっか。エルはダンジョンと……仲間だったよな」
カナメの言葉にエルはそういうこと、と言って笑う。
「俺には俺の、お前等にはお前等の目的があるってこった。なあ爺さん、宿見つかるまでは使っていいんだろ?」
「ええ、構いません。こういうのも縁でしょう」
「よっしゃ、言質とった。つーわけで、日が落ちねえうちに仲間探しに行ってくる。んじゃ、また夜にな」
エルは言うが早いか階段を駆け上がり、戻ってくると装備をガチャガチャと言わせながら店の外へと走っていく。
その様子を窓から見送りながら、イリスは感心したような笑みを浮かべる。
「どうしようもないバカですけど、悪人ではありませんね」
「そだね。まあ、救いようのないバカだけど」
「バカの免罪符にはなりませんわよ」
「はは……」
女性陣からのエルへの厳しくも少しだけ上昇したらしい評価を聞きながら、カナメはすぐに気を引き締める。
「でも、ヴェラール神殿の方も大丈夫なのか? また同じようなトラブルになるんじゃ」
「んー」
その光景を想像したのか、アリサは難しそうに唸る。
弓を隠すというのは、何度も試したが無理だ。
布で巻こうと箱に入れようと、カナメの弓は隠すと自己主張するように輝きだす。
これだけはカナメがどうにかしようと無理で、しかし置いていくには不安がある。
「……あ、そういえば」
だが、そこでエリーゼが思い出したようにパン、と手を叩く。
「カナメ様の弓なら大丈夫ではありませんの? ほら」
あの日の夜の……とエリーゼは小さく呟いて、カナメもそれを思い出す。
そう、あの日。クラートテルランの襲撃を受けた夜、カナメは持っていなかったはずの弓を手元に呼び寄せた。
今考えれば、弓自体がカナメの魔法であるからだが……それはつまり、弓を宿に置いていてもとりあえずは問題がないということだ。
あれ以降弓を中々手放さなくなった為に試したことはないが、恐らくは出来るはずだ。
「だとすると、あとは」
「バトラーナイトの問題ですわね」
エリーゼがカナメの台詞に素早く言葉を重ねるが、カナメはとりあえず頷いてみせる。
メイドナイトかバトラーナイトかはともかく、その雇い方などカナメは知らない。
知らないが、雇い主のエリーゼとバトラーナイトのハインツという実例は此処にある。
「エリーゼは、ハインツさんをどうやって雇ったんだ?」
「んー……たまたまですわね。ハインから「雇わないか」と売り込んできたのですわ」
「詳しくは割愛致しますが、お嬢様に仕えようと思う出来事がございました。それ故です」
その辺りをぼかすのは、ダルキンとルウネがいるが故だろうとカナメは思う。
流石にこんな場所で正体がバレかねない話までは出来ないのは当然だ。
それは当然なのだが……エリーゼとハインツの今の話からすると、エリーゼがハインツを雇ったのは「ハインツが仕えようと思ったから」という一点に尽きる。
「つまり、向こうから選んでもらえないとダメってことだけど……報酬とかどうすんのかなあ」
「そのバトラーナイト、あるいはメイドナイトによって様々です。ですが基本的には、ある程度の金銭的報酬の見込める主人であるのは前提条件となります」
「そりゃそうだ」
カナメの今の全財産は王国貨で金貨6枚と銀貨68枚。
大金ではあるように思うが、人一人を雇うと考えると少ない。
「うーん……」
「とりあえず行ってみてはいかがですかな? 悩むより先に行動するのは若者の特権でしょう」
言いながらダルキンは封書のようなものを取り出し、机の上に置く。
「先程神官騎士のお嬢さんには言いましたが、ヴェラール神殿の神官長宛ての紹介状です。ご活用ください」
「え。あ、ありがとうございますダルキンさん!」
「いえいえ」
カナメはダルキンの置いた紹介状を掴むと、慌てたように席を立ちあがる。
「よし……そうと決まれば行こう!」
バトラーナイト、あるいはメイドナイトの勧誘。
クシェルのくれた紹介状と合わせれば、強い助けになるだろう。
レクスオール神殿から帰るときの暗い空気をここで全て吹き飛ばすかのように、カナメは気合いを入れる。
「待った」
だが、そんな声が響いたのは……その直後のことであった。
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