流れる棒きれ亭4

「で、馬鹿エルのせいで話が大分ズレたけど」

「あ、ああ」


 一人だけ別のテーブルに座らされたエルをチラチラ見ながら、カナメは相槌を打つ。

 話がひと段落した頃を見計らってテーブルの上に置かれたお茶は温かい湯気をたてており、しかし鼻がすっとするような香りを漂わせている。


「とりあえず、今後の話を決めようと思う」

「そ、うだな」

「あ、悪ィ。ちょっといいか?」

「ダメ」


 エルの発言をアリサは即座に却下するが、エルは「うっ」と呻きつつも更に言葉を紡ぎだす。


「俺も……たぶん爺さんもルウネちゃんもお前等の抱えてる事情知らねえんだけどよ。できれば、その辺説明してもらえねえかな」

「あ、そういえばそうだったな」

「エルさんは席を外されてもいいと思いますわ」

「放り出します?」


 先程の醜態で好感度がマイナスを突破したのだろうか。

 エリーゼとイリスの台詞が恐ろしく冷たいが、エルは負けじと身を乗り出す。


「お、おいおい。俺もさっきの件には一応関係しちまったんだし、部外者扱いはねえだろ」


 そう、エルも勝手についてきたという前提があるにはあるが、レクスオール神殿での騒動で「一行」扱いされてしまっているのは事実だ。

 それは聖国で活動しようと考えているエルにとっては痛手であり、当然カナメ達が巻き込んだ側として配慮することでもある。

 イリスもそこを突かれると身内の問題だけに弱いのだろう、「まあ、確かに……」と消極的ながら賛成に回る。

 エリーゼもそういう方向では反対する理由を持たない為黙り込み、アリサが「じゃあエルも聞いていけばいいよ」と締める。


「とりあえず色々とめんどくさいアレコレはあるんだけど、根源は一つに集約されるんだよね」


 言いながら、アリサの視線は一点に向けられ……自然と全員の視線がそこへと集中する。

 すなわち、カナメ。正確には、今は持っていない……カナメの黄金の弓。

 此処にはないそれを思い出しながら、全員がカナメをじっと見つめている。

 そんな視線にカナメは居心地悪そうに身じろぎしながら、お茶を一口飲む。

 少し酸味のある味は人を選びそうだが、少なくとも今のカナメの気分にはあっている。


「そういえばあの弓、目立ってたよな」

「キラキラ金色だった、です」


 エルとルウネの感想に、ダルキンが「最低でも魔法の品。魔法装具マギノギアかどうかまでは判断がつきませんでしたな」と付け加える。

 

「あんな悪目立ちするの、魔法装具マギノギア以外に無いんじゃねーの?」

「そうでもありませんぞ。成金趣味というよりは、祭具のような高尚さを感じました。実際、王国の王族のみに伝わる魔法装具マギノギアは黄金の剣であると聞きます」

「へえー」


 ダルキンの言葉にエリーゼがギクリとしたように震えるが、ダルキンは見えていなかったのか気にする様子もない。


「じゃあ、カナメの弓も魔法装具マギノギアの可能性があるってことか」

「あくまで可能性ですがな」

「ほー?」


 なるほどなあ……と頷いたエルは、しかしそこで首を傾げる。


「てことは、ニセモノ云々ってのはカナメの弓……? ふーむ」

「そこの辺りは私は存じておりませんが」

「あー。なんかよう、レクスオール神殿の副神官長とかいうオッサンがニセモノを此処には入れさせんとか騒いでてさ。それってつまり……いや、でもなあ」


 ダルキンに説明しながら、エルは首を捻りながら悩み始める。


「アレがそうだとすると……デザイン違うよなあ。だからってことか? いや、でもなあ」

「神具のデザインの事ならば、一般的に「そう」とされているものは本物とは違いますがな」

「え、そうなん?」


 エルがこの場にいる神殿関係者……イリスへと振り向き、イリスは頷いてみせる。


「そうです。あくまで伝えられているものはイメージであり、大分簡略化したものです。実際に伝えられているデザインについては、本殿の関係者しか知りません」


 実際には偽者防止などの役割もあるが、別に此処で伝えるべきことではない。

 そして、それが本筋というわけでもない。


「そして、カナメさんの弓は「レクスオールの弓」として伝えられるものと寸分違わぬ……いえ、もっと精緻なものです。そしてご存じでしょうが、カナメさんはミーズ防衛戦においてレクスオールを思わせる活躍をされました」

「なるほど! つまりカナメの弓が本物のレクスオールの弓だって可能性が出てきたわけだな」

「ええ……まあ」


 カナメ自身についてはボカシながらイリスは頷く。

 無限回廊云々の説明を加えたところで、今は情報量が多すぎる。

 あまりにも詰め込んだ情報は逆に信ぴょう性を失わせ、猜疑心を生む。

 想像させるくらいで、丁度よいのだ。


「見えてきたぜ。カナメの弓が本物なら、まさに英雄王の再来だ。だが、本物じゃないなら壮大な詐欺師の可能性が高ぇ。連中は後者だと判断したってわけだ」


 コンコンと指で机を叩きながら、エルはぶつぶつと呟き始める。

 今までソロでやっていただけはあるのか、エルは頭の回転が速い。

 先程の醜態のせいで物凄いバカの印象が強いが、恐らくは今の姿が本来のエルなのだろう。


「ま、当然だよな。「偽物に騙されて神輿を担いだバカ」より「本物を見抜けず冷遇したバカ」の方がまだ救いがある。「本物を知らぬが故、神殿を守ろうとしたが故」って言い訳がたつ。たつ、んだが……うーん」

「その辺りは考えても仕方のないことだよ。ともかく、レクスオール神殿での一件はそういう事情。カナメの弓の出所については秘密。流れとしてはこんなところだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る