流れる棒きれ亭3

「おお、いらっしゃいましたか」


 下りてきたカナメ達の姿を見つけ、ダルキンがカウンターで笑う。

 店の一角の長テーブルにはすでにアリサ達が揃っているが、何故かエルが壁の隅に転がっている。

 糸が切れたように突っ伏しているのを見るに、余計な事を言って相応の目にあったのかもしれない。

 まあ、そんなエルの事はさておいても……店内には他の客の姿はない。

 まさか営業時間外なのだろうか……と、そんな事を考えて周囲を見回したカナメの視線に気付いたのだろう、「営業中ですよ」というダルキンの声が聞こえてくる。


「えっ。あ……すみません」

「いえいえ。客が居ないのは事実ですからな」

「お爺ちゃん、経営努力しないから」

「ハハハ」


 笑って済ませているが、客商売としてはそれでいいのだろうか?

 ひょっとすると道楽商売というものなのかもしれないが、妙にカナメはそわそわと心配な気持ちになる。


「まあ、好きな席におかけください」

「あ、はい。あれ、ハインツさんが……」


 すぐ近くに居たはずのハインツの姿が消えて戸惑ったカナメであったが、気づけばエリーゼの近くに佇んでいるのが見える。

 いつの間に移動したのかサッパリ分からなかったが、恐らくはバトラーナイトの技なのだろう。


「カナメ様、こちらが空いてますわ」


 そう言って笑うエリーゼの笑顔はいつも通りだが、その近くに転がっているエルが気になりすぎて素直に「分かった」とカナメには言えない。

 いつも通りなアリサ達と、床に転がったエルを順番に見比べて……カナメは、恐らく一番客観的な話を教えてくれるであろうダルキンに「何があったんですか?」と問いかける。

 その問いかけにダルキンは「ふむ」と頷いた後にしばらく宙に視線を彷徨わせ……そうですな、と切り出す。


「女性的特徴について少々配慮に欠ける言動をした蛮勇溢れる若者が、然るべき報いを受けたというところですな」

「女性的特徴……?」


 その意味を図りかねてカナメはエリーゼ、アリサ、イリスと視線を移動させ……イリス、アリサ、エリーゼと視線を移動させた後にハッとした顔でイリスを凝視し、即座に顔を真っ赤にして視線を逸らす。


「あ、え、えーと。ごめん! 何も考えてないから!」

「あら、別に気にしませんよ?」

「そうそう。カナメはたまに男色なのか疑いたくなるくらいだし、逆に安心するかな」


 からからと笑うイリスとアリサとは逆に、エリーゼは少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめてはいるが……少なくとも責めるような目ではなくて。


「納得いかねえー!」


 倒れていたエルがガバッと起き上がり、一気に立ち上がる。


「あら、生きてたんですの」

「死んでたまるか! つーか酷くねえ!? イリスさん、俺には「視線が犯罪じみてます」とか言ったくせに! エリーゼちゃんだって「クズですわ」とか言ったしアリサさんも俺に「娼館でも行ってくれば?」とか散々言ったじゃねえか!? なんでカナメだけ!?」


 その時の状況が想像できてカナメは思わず「うわあ」と呟くが、納得いかないエルはズカズカと大きな音を立ててカナメの側へと歩いてくる。


「カナメ!」

「な、なんだよ」


 両肩に手を置き真面目な顔で話しかけてくるエルにカナメが聞き返すと、エルは真面目な顔のまま「お前だってオッパイ好きだろ!?」と問いかけてくる。


「は……え? なんて?」

「オッパイだよオパーイ! お胸様だ! 嫌いな奴なんかいるわけねえんだ。大きいのが好きだろうと小さいのが好きだろうと好きなのには変わりねえんだからよ!」


 それはそうかもしれない。

 そうかもしれない、が。女性のいる前でこんな大声で話す話題では無かった気がする。

 ついでに言うと、素面で昼間から話す話題でも無い気がする。


「エル、お前殴られて混乱して……」

「そんな話はしてねえ! 好きかどうか聞いてるんだ!」

「いや、女の子がいる前でする話じゃないだろ」

「あー? このムッツリが! それともまさか、オッパイより胸板が好きなのか! それはどうかと思うぞ俺は!」

「そ、そういう話じゃ」

「そういう話なんだ!」


 カナメの台詞を遮って言い切ると、エルは片方の手でびしっとアリサ達を指さす。


「いいか、カナメ。女の子には皆オッパイがついてるんだ。当たり前の事なんだよ。俺達に聖剣と宝玉があるのと同じくらい当然なんだ。恥ずかしい事でもなければ変な事でもないんだ。生き物として当たり前なんだ」

「そ、そうだな?」


 まあ、それはその通りだ。実際、嘘ではない。

 それはカナメも否定はしない。


「だから分かるだろ? 大きいとか小さいとかそういう話をしたって、背丈がデカいとかまつ毛が長いとか……そういう話題とちっとも変わらねえんだよ」

「いや、変わるだろ」

「いーや、変わらん! 自分にない素晴らしいモノが好きだって話に貴賤なんかねえんだよ! お前だって分かるだろ!?」


 そういう方向で攻められると否定しにくいのだが、エルがどういう結論に持って行きたいのか分かるだけにカナメとしては頷き難い。

 かといって、どうエルに納得させたものかとなると難しい。

 床に転がされていたのがなんとなく分かる気もするのだが……カナメはなんとか、反論の言葉を見出す。


「……そうは言うけどさ」

「おう」

「エルは女の子から、その……あー……せ、聖剣だのなんだのの話を振られて、それが大きいだの小さいだのって話されたら……嫌だろ?」


 言っていて穴を掘って埋まりたくなるカナメだが、流石にこれは反論できないだろうと自賛する。

 言う方が死にたくなるというデメリットこそあるが、エルとて納得するしかないはず。

 そう考えてエルを正面から見れば……エルは深刻そうな顔で考え込んでしまっている。

 

「だからさ、そういう話はもう」

「……結構楽しい気がしてきた」

「あのさー。それ以上ゴチャゴチャ言うんなら、自慢の聖剣と宝玉とやらが失われた遺産ロストレガシーになるけど。どうする?」


 マジすんませんでした。


 そんな悲鳴じみたエルの謝罪が出るまで、アリサの処刑宣告から僅か一秒程であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る