流れる棒きれ亭2
さて、言うまでもないが部屋分けをした際にエルとカナメは別の部屋だ。
これはエルがパーティメンバーではないから当然なのだが、つまりハインツとカナメが同じ部屋ということであり……必要なければ何時間でも物音一つ呟き一つ無いハインツと居るとカナメは無用の緊張感に襲われてくる。
実際、今荷物を置いているこの間もハインツは無言であり、しんと静かな空間は無駄に部屋を広く感じさせる。
「え、えーと……」
アリサなら「なに、どしたん?」という反応が返ってきそうなカナメの呟きにも、ハインツは無言。
というよりも、無言で部屋の壁を背に立っている姿はカナメを見ているようで見ていない絶妙の視線の感じなさ具合であり、その完璧っぷりが逆に怖いのだ。
「
「ええ。あまり良い二つ名ではありませんが」
あまり話題にしてはいけない事という意味なのだろうか。
カナメはそう考えて「そうですか」と話を終わりにする。
思い出してみればアリサも「死んだはず」と言っていたし、ダルキンにも色々と事情があるのかもしれない。
ならば、これ以上カナメが話題にするべきではない。そう考えてカナメは畳んだマントをベッドの下に入れるが……意外にも、ハインツのほうから続きを話し始める。
「剣を持たぬ史上最強の剣士……そんな噂もございました。私がお嬢様に仕える前には、すでに伝説になっていた二つ名です」
「剣を、持たない……?」
どういう意味だろうか。それを聞き返そうとすると、ドアが軽く叩かれる。
「あ、はい。どうぞ」
カナメが答えると同時にドアが開き、ルウネがそこから半分顔を出す。
その眠そうな目はカナメをしっかりと捉え、しかし見ているのか見ていないのかよく判別がつかない。
「……お爺ちゃんの話ですか」
「あ、ご、ごめん!」
「私が話してあげるです」
言うが早いかルウネは部屋の中に滑り込みドアを後ろ手で閉めると「他の人には内緒ですよ」と言って話し始める。
「
「ヤンチャって」
「有名な戦士に片っ端から喧嘩売って、全部倒したです」
剣豪、剣鬼、剣魔、剣聖、剣王。
斧豪、斧聖、槍聖。
刃のついた武器を持つ有名剣士、大剣士、伝説の剣士。
庶民に冒険者、騎士に王様。
強いと噂あらば大陸の端から端へ。
川越え山越え国境越えて、片っ端から挑み打ち負かしてきた。
「そ、それは。さぞかし凄かったんだろうなあ」
「確かその当時、名剣、魔剣、聖剣と呼ばれる類のものが大量に斬られたとも聞いています」
確かそれが
「……すごいな」
もうそれしか感想が出てこないカナメだが、そうなると新たな疑問が沸いてくる。
「あれ? でもダルキンさん、剣なんて持ってなかったよな?」
ダルキンもルウネも持っていたのは長い棒だけであり、刃物なんて持ってはいなかった。
まさか多目的用のナイフが武器というわけでもないだろうが、カナメは答えを求めルウネと視線を合わせる。
「まさか、剣はもうやめたとか?」
「若い頃から剣なんか持ってなかった、らしいです」
「え、でも」
「持ってたのは棒だけです」
ルウネもですよ、というルウネにカナメは「そうだね」と答えつつ……しかし、ますます意味が分からなくなってしまう。
「ええっと……ハインツさん、すみません。どういうことか分かり、ます?」
「さて。答えはルウネさんがご存知でしょう」
答えたくて仕方がないといった顔をしているルウネにハインツが振ると、ルウネは「棒です」と答える。
「えっと……そう、だな?」
「棒で斬ったです」
「ん……んん?」
「棒で斬ったです」
カナメはルウネの言葉の意味が分からず首を傾げてしまう。
いや、言葉としては理解できているのだ。
理解できてはいるが、その示す意味が分からない、
棒で斬る。
棒は叩くものではあるが、斬るものではない。
例えばスイカ割りというものがあるが、あれとて叩いて割っているのであって斬っているのではない。
「叩き割る、とか叩き折る、とかじゃなくて?」
「斬るです」
ズバーッっと口で言うルウネに、カナメはこの世界ではそういう技があるのかとハインツを見るが、ハインツもまた首を横に振って否定する。
そうなるとますます意味が分からず、カナメは「えーと……」と言いながらルウネを見るが、そんなカナメの様子を見てルウネは「仕方ないです」と言って腰の後ろから警棒程度の長さの棒を取り出す。
「此処に棒があるです」
「ああ」
「で、此処に旅の途中でチンピラから巻き上げたナイフがあるです」
「えっと……そう、だな?」
聞こえてきた余計な何かは聞こえなかったことにして、カナメはナイフを見る。
普通であればナイフで棒を斬ってみせる場面だが、ルウネはナイフを手首のスナップでひょいと上に投げて。
「えい」
ヂイン、と。鈍く軽い音と共に、ルウネの棒がナイフを薙ぎ……次の瞬間には、ルウネの手の中に真っ二つに「切断」されたナイフが乗せられていた。
そう、それは叩き折ったとか割ったとかそういうものではなく……文字通りに「斬られた」切断面の残ったナイフ。
「こ、これって」
「若い頃に、ビンを手で斬る大道芸見て。で、思いついた……らしい、です。つまり、こういう事できるのが」
「
「です」
そろそろ下に行くです、と言うルウネにカナメは頷きつつ……「ルウネも同じ事出来るんだよな……ダルキンさんが教えたんだろうな」という疑問を、そっと飲み込んだ。
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