神官長セラト3
「……はい」
「もう一度言うが否定しているわけではない。君の考え方はヴェラール神殿の周りに立っている連中の背後にいる有象無象と比べれば大分立派だ。だが、そうだな……」
そこでセラトは一旦言葉を切り、どう言ったものかと思案する。
だがやはり、伝えるべき事は簡潔に伝えるしかないと口を開く。
「もう少し自信を持つべきだな。君はどうも悲観的に過ぎる」
「ああ、それは私も思う」
「同じくですわ」
ここぞとばかりにアリサとエリーゼが参戦してきて頷き、カナメは「うっ」と呻く。
「大体さあ、カナメはちょっと自信つけたと思うと目離した隙に元に戻ってるし。カナメ的に自意識過剰かなってくらいで丁度いいんじゃない?」
「カナメ様の立派な部分を知る事が必要なら、幾らでも語って差し上げますし見つけて差し上げますわ」
「あ、いや二人とも。今はその」
話してる最中だから、と言おうとするカナメにセラトは「構わん」と言って笑う。
「いい仲間ではないか。大切にするといい」
「はい。勿論です」
即答するカナメにセラトは頷き……話が終わったとみたアリサがカナメの近くの椅子を引いて座る。
それを見たエリーゼが慌てて対抗するようにその反対側に座ろうとして、そこにいつの間にかルウネが座っているのに気付き小声で「その席譲っていただくわけには……」と囁いて「やです」と返される。
仕方なくエリーゼはカナメの背後に椅子を持ってきて座るが、行儀が多少悪くともこの際構わないという対抗心の賜物である。
「君はルウネにも好かれているようだな」
「そ、そうなんです……かね?」
「嫌いじゃないです」
答えるルウネにカナメは「はは……」と愛想笑いで応え、セラトはその様子をじっと見る。
「ちなみに、今日こちらに来た理由なのだが……ダルキンに会いに来たのが最大の理由といったところだ」
「え、あ、はい」
突然話題を切り替えてくるセラトにカナメは慌てて頷き、カウンターにいるダルキンにちらりと視線を向ける。
ダルキンとセラトがどういう知り合いなのかは分からないが、先程の会話の応酬からするとそれなりの仲であるようにカナメは思えた。
まあ、一体どういう繋がりがあってそうなったかはサッパリ分からないのだが……。
「紹介状を寄越す程気に入ったなら、どうして自分が選ばないのかと思ったのだが……」
「え」
「は?」
「えっ」
カナメが、アリサが、エリーゼが……一斉にカウンターのダルキンへと視線を向ける。
どうして自分で選ばないのか、という今の言葉。
ダルキンが何故ヴェラール神殿の神官長であるセラトに紹介状を書けるような関係であったのか。
そもそも何故、ダルキンは聖国で気ままな店を構えられるのか。
色々な疑問がその一言で氷解していく。
「え、まさか。え? ダルキンさんって」
「俺が見習い神官だった頃にはすでにバトラーナイトだったな。まあ、俺の知る限り一度も主人を持ったことはないが」
「主人と崇めるべき人に巡り合えませんでしたからな。まあ、今は私が今更出しゃばるべきではないとも思っておりますが。悠々自適の隠居生活ですとも」
「お前のソレが隠居生活だったら、世間一般の隠居生活は世捨て人だろうよ」
セラトの言葉をダルキンは聞き流し、グラス磨きに戻り始める。
まあ、今の会話からすると……カナメはダルキンに「選ばれなかった」という意味でいいのだろう。
だがそうなると、新しい疑問が一つ出てくる。
その疑問の本人……隣に座るルウネにカナメは顔を向け「えーっと」と切り出す。
まさか、とは思う。
間違っていたら結構恥ずかしいのだが、聞いてみなければ始まらない。
カナメが言おうと決意したその瞬間、ルウネがぽっと顔を赤らめる。
「告白ですか? ルウネ、ちょっと心の準備。できてないです」
「え!? あ、え、いや。違う違う!」
「結婚の申し込みですか。ちょっと段階、飛ばし過ぎと思うです」
「それも違……」
「冗談です」
一気に素に戻ったルウネにカナメはバタバタとさせていた手の行き場を無くしてそっと手を下げ……「そっか……冗談かあ。はは……」という力ない声をあげる。
「ルウネがメイドナイトかどうか聞いてるなら。今は違うです」
「そうなんですの?」
「です」
脱力したカナメの肩を揉みながらエリーゼが聞くと、ルウネは頷いてみせる。
「今は、ってことは「なる予定」なんだ?」
「というよりも、いつでもなれる状態だな。ルウネはとっくに合格基準だが、保留ということになっている」
「え、なんでまた……?」
復活したカナメがルウネに問いかけると、ルウネは「めんどいからです」と答える。
いつもの眠そうな表情からは真意が掴めないが「今度は冗談じゃ、ないです」というルウネの追加の言葉がカナメに「まさか」という閃きをもたらす。
「ひょっとして、勧誘されないように……とか?」
「当たりです」
パチパチと拍手するルウネに……しかし、カナメはその裏に隠されたものに気付き暗い表情になる。
ダルキンという強者の庇護下にあり、本人も相当な実力者であり祖父譲りの太い神経も持っていそうなルウネが「勧誘されないように」と忌避している事実。
それがどれ程のことか、想像できてしまったからだ。
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