そして

 レクスオール神殿を出て、少し進み……その建物が遠くなって。

 誰もが無言の中、イリスはピタリと足を止める。


「……すみません」

「イリスさんが気にする事じゃないですよ」

「いえ。私の見通しの甘さがこの事態を招いたんです。反対意見もあるだろうとは思いましたが、まさか副神官長があそこまで強硬な態度に出てくるとは予見できていませんでした」


 確かに、いきなり武器を持って追い返しにかかるなどとは想像もつかないだろう。

 謝るイリスにカナメは「仕方ありませんよ」とフォローし……黙っていたアリサが、そこで口を開く。


「あのさ。ひょっとして、神官長と副神官長って仲悪いの?」

「え?」

「アリサ?」


 突然のアリサの言葉にカナメは思わず疑問符を浮かべるが……先に反応したイリスの方は、少しばかり違っていた。


「確かに、そうですが。何故それを?」


 驚いた顔をしているイリスに、アリサは「やっぱりか」と溜息をつく。


「だってさ。神官長が「現場」に出向いてるんだよ? その渦中の人物を偽者だと追い返すって。これ、どう考えても「神官長は間違ってる」って意見表明じゃない。いきなり強硬策に出てくる辺り、意地でもそれを押し通そうっていう意思を感じるしね」

「それ、は」

「ついでに言えば、イリスは神官長派……っていうのもおかしいか。少なくとも、話を出来る立場なんでしょ? その辺りが「勝算」だったわけだ」


 アリサの指摘にイリスが黙り込み、カナメは二人の今の言葉を反芻する。

 つまり「神官長」が居ればああいう問題にはならなかった……ということだろうが。


「えっと……今の話からすると、このまま引き下がってるのってマズくないか?」


 つまり今の状況は「神官長が執心している偽者が副神官長に看破され逃げていった」という風にも見える。

 それは少しばかり、神官長の立場が悪くなるのではないだろうか?

 イリスが「偽者に加担した神官騎士」扱いされているこの状況で、その後ろ盾まで立場が悪くなるのはかなり問題がある。

 だが、イリスはそれに首を横に振る。


「いいえ。神官長がお戻りになれば、また状況は変わります。現場での確認結果を携えて戻られた神官長と現場を見てもいない副神官長とでは、説得力が違います」

「でも、それも偽造できるとか言い張られたら」

「……その時は」


 カナメの投げかけた疑問に、イリスはすっと目を細める。

 いつもの優しげな雰囲気を凛としたものに変え、大神殿へと視線を投げかける。


「その時は、神聖会議が行われるでしょう。これは本来、そういう段階の話です」

「神聖会議……?」

「聖国の代表たる神官長全てを集めた最高意思決定会議の中でも、特に権威あるものです。ですからカナメさん。それまでの間、私は貴方にこの国に留まってほしいんです」

「え、あ、それは……皆はいいかな?」


 カナメが仲間達の顔を見回すとアリサの「別にいいんじゃない?」という返答が最初に返ってくる。


「そのなんたら会議はともかく、元々カナメはメイドナイトだかバトラーナイトだかを探しに来たんでしょ?」

「神聖会議です」

「え、あ、ああ」

「偉いさんの使者が雁首揃えてどうにもなってない状況で、簡単に勧誘成功ってわけにもいかないだろうし。元々それなりの時間がかかることは想定してるんだから、そのなんとか会議が終わるまでの間ということで期限切ってやってみるのもいいんじゃない?」

「神聖会議です」


 アリサに詰め寄るようにしてイリスが「神聖会議です」と囁くが、アリサは右から左に聞き流す顔をしている。

 まあ、それはともかく……確かにいつまでもダラダラと勧誘に時間をかけているわけにもいかない。

 神聖会議とかいう会議で「本物」と認められたくてたまらないというわけではないが、イリスが悪人みたいに言われている現状をどうにかできる期間と考えれば必要な時間であるように思える。

 そしてその間にバトラーナイトかメイドナイトを勧誘できたならば、更に良い。


「エリーゼもハインツさんも、それでいいかな?」

「ええ、勿論ですわ。王国の話まで出されては黙っていられませんもの」

「私はお嬢様の意見に従います」


 エリーゼ達の言葉にカナメは頷き……そこで、じっと見ている二つの視線に気付く。


「ほー。カナメってメイドナイト探しに来たのか」

「え、エル……」

「つーかさ。俺さっきから全然状況についていけてねーんだけど。説明してくれねえ?」


 すっかり違和感なく混ざっていたから忘れていたが、エルとルウネは「事情を知らない」側の人間だ。

 アリサ達が黙っていたということは「居ても問題ない」と判断したのだろうが、そうと分かっていてもカナメは少しばかり焦ってしまう。


「え、えーと……」

「いや。俺もバカじゃねえからなんとなくは分かるぜ? 話したくねえ事もあるだろうし、何も言いたくねえってんならいいんだけどよ」

「それ、は」


 説明するといっても、何処から何処まで説明したものか。

 カナメの抱えた事情は酒飲み話の如くあちこちで吹聴していいものでもないだろうし、しかしエルが「いい奴」であることも分かるのだ。

 一体どうするか。口籠るカナメの服の裾が、くいっと引っ張られる。


「……往来で打ち明け話、良くないです。お店、案内するですよ?」

「それもそうか。行こうぜ、カナメ。で、それまでに決めてくれよ」


 ルウネの提案にエルが乗っかり歩いていき、カナメは助けを求めるようにアリサを見る。


「カナメが決めなよ。どう転がるかは分かんないけど、ね」


 そう告げるアリサに、カナメは黙り込み……悩みながら二人の後を歩き始めた。

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