レクスオール神殿
「ああ、やっぱり……」
辿り着いたレクスオール神殿の前で、カナメはそんな声をあげた。
頑丈な壁と、開かれてはいるが立派で頑丈そうな門。
奥にあるのは飾り気のない三階建の頑丈そうな石造りの建物。
見張り台のような場所に神官が立っているのは、もはや何かの冗談のようだ。
「なんていうか……本当に冗談みたいな建物だよな」
「どう見ても砦だからね。人数多い分、より酷いなあ」
「ちっとも酷くないですよ。平時から常に緊張感を持つ。大事な事です」
それは確かにその通りなのだが、やっていることがどうにも神官というよりは兵士だし、町の中にこんなものがあったら反乱軍か何かの本拠地に見えないこともない。
しかしまあ……それを言うとイリスが怒りそうなので、カナメはごくんと台詞を飲み込む。
「その辺の町のレクスオール神殿は、色々抑え気味だったんだねえ」
「昔はもっと頑張ってたらしいんですけど、他の神殿から「もう少し抑え気味でいかないか」って強い提案があったとか」
ああ、やっぱり。
そんな言葉を飲み込みながらカナメは曖昧な笑みを浮かべる。
アリサと話をしていたイリスはカナメの微妙な笑顔に気づかなかったか、とても良い笑顔を向けてくる。
「ほらカナメさん。ご案内しますよ」
「ああ、えーと……はい」
イリスに引きずられるようにしてカナメは門を潜る。
両側に立つ神官達はどちらも筋骨隆々だが、カナメ達を見ても野太い笑みを浮かべただけで何も言わない。
門を入った先にある庭にいる神官達も同様で、特に何かを言う事はない。
ない、のだが。
そこにある光景は、立ち止まって凝視してしまうには充分過ぎた。
「なんで皆マッチョなんだろう……」
「悪夢みたいだよね」
「具合が悪くなってきましたわ……」
「レクスオール神殿は、毎日朝晩に奇声が聞こえる。有名です」
「神官つーか武官だよなあ」
ハインツ以外は口々にそんな事を言うが、イリスはそれにムッとした顔をする。
「失礼ですね。心と身体を健全にしようと思えば、自然とこうなるんです」
「そうかなあ……」
シュルトはそんなに筋肉質じゃなかったよな……などとカナメが考えていると、イリスが「兄さんは身体動かすの嫌いな人ですから」と不満そうに呟く。
「カナメさんの事ですから兄さんの事思い出してたんでしょうけど、別に兄さんみたいなのが悪いってわけじゃないです。如何にレクスオールの教えを学ぶかも教えるかも、個人に任されていますから」
「それは……なんていうか、いいのか? どんどん亜流が出来るんじゃ」
教え方が違えば、当然考え方も異なってくる。
解釈の違いによる争いはカナメの世界でもあり、一つの宗教のはずなのに幾つにも分かれていることがある。
カナメはそのどれにも詳しくはなかったが、あまり良い事ではないんじゃないかと思ったことは何度もあった。
「別に構わないと思いますよ?」
「えっ」
「神の姿さえ見誤らなければ、教え方も学び方もそれぞれであるべきです。カナメさんの仰る亜流というのは恐らく「神を自分の好きなように解釈する」連中の事なのでしょうが、そんな邪教連中が認められる事はありません」
スッパリと言い切ったイリスにカナメは疑問符を浮かべるが、イリスは「簡単なことですよ」と言って笑う。
「私達がブッ潰しますから」
「うわあ」
「当然じゃないですか。神の姿を歪める事だけは許されません。基礎を間違えば全てを間違える。その間違いが伝播する前に修正せねばなりません」
カナメの頭の中には拳で邪教の神殿を叩き壊すイリスの姿が浮かんでくるが、それを頭から振り払い「どうやって?」と聞いてみる。
「討論で徹底的に……泣いて謝るまで論破し続けます。抵抗するなら、その抵抗を全部潰してから討論です。これで自分の過ちを認めなかった邪教はありません」
「うん、そっか。思ったよりは穏便だったような気がしないでもないけど、聞くんじゃなかった」
少なくとも皆殺しよりは大分マシだろうか。
「ちなみにそれって、他の神殿では」
「大体同じですよ?」
「そっか……」
宗教ってこんなんだっただろうかとカナメは思わず遠い目になるが、周囲がざわつき始めたのを見て意識を引き戻す。
ざわめきと視線の先を見てみれば、神殿の中から神官服をキッチリと着込んだ複数の人間が出てくるのが見える。
そのうちの中心に立つ細身の銀髪の男は小さめの四角い眼鏡をかけており、神官服にも金糸の紐飾りがついているのが見える。
神経質そうなその男はカナメ達を見つけると真っすぐに歩いてきて、その前に立つ。
「君が報告にあったカナメとかいう男だね」
「え、と。貴方は……」
「タカロ副神官長。何故貴方が……」
イリスの口ぶりにカナメは警戒の色を見せるが、タカロ副神官長と呼ばれた男はフンと鼻を鳴らす。
「ああ、例の場所については私ではなく神官長が行ったよ。どうしても見ておきたくなったらしくてね」
そう言うと、タカロはカナメをジロジロと見て……やがて、その背中の弓へと視線を向ける。
「……なるほどな。良く仕立てたものだが、私の目は誤魔化されん」
「は?」
「追い出せ。いつも通りの偽者だ」
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