聖都カレルテリス3
神殿、といってもこの聖都カレルテリスには神殿はたくさんある。
有名どころでいっても戦いの神であるアルハザールの神殿に魔法の神ディオスの神殿、生と死の双子神ルヴェルレヴェルの神殿……忘れてはならない、この宿不足の原因とも言える天秤の神ヴェラールの神殿等々。
神の数だけ神殿があり、神殿の町とも言えるのがこのカレルテリスなのだ。
だがまあ、イリスが「神殿」と言う時に限っては、答えは一つしかない。
「ひょっとしなくてもレクスオール神殿、ですよね」
「はい」
聖国のレクスオール神殿ということは、まさにレクスオール神殿の総本山ということだ。
カナメとしては「本当に近づいていいんだろうか」と思わないこともない場所なのだが……どうやらイリスとしては問題ないようで、カナメの手をぐいぐいと引っ張って歩いていく。
その後を着いてくるアリサもエリーゼもどうやら異存はないようだが、今日に限ってはカナメにも懸念がある。
「あのさ、イリスさん……」
「分かってます。どうにでもなります」
カナメが言っているのはエルとルウネのことだが、イリスは自信満々にそう頷いてみせる。
どうにでも、という辺りが気にはなるが、深く考えたら負けなのだろう。
「あと、俺の事も……なんていうか、色々大丈夫なんですか?」
「どうにかなります。むしろ歓迎されて然るべきです」
「それも困るんですが……」
ひそひそと囁き合う二人は仲睦まじく見えるのかエリーゼがどうにも微妙な顔をしているが、だからといって中に割って入る程はしたないつもりもない。
「イリスさんが本命っていってえ!?」
エリーゼに出来るのは余計な事を言うエルを抓る事だけであり、ビックリして振り返ったカナメにエリーゼは優雅な笑みを浮かべてみせる。
脇腹を抑えて唸るエルを何があったのかという顔でカナメが見ていると、エルは二カッと笑って親指を立ててみせる。
「な、なんでもねえよ。ちょっと腹が減っただけさ」
「え。そんな風には」
「いいから早く行こうぜ。神殿で豪華な飯出るといいよなあ!」
さっさと前を向いて歩け、とジェスチャーをするエルにカナメは訝しみながらも再び歩き始め、なんとなく何があったかを理解したイリスが苦笑しながらカナメを先導し始める。
その二人の後を更にアリサとルウネが着いていき……しかしエリーゼはまだ動かず、エルを睨み付ける。
「……そんな睨むなよ」
「庇われる覚えはありませんわよ」
「そんなたいしたもんでもないだろ。ほら、置いてかれるぜ?」
言いながらエルも歩いていき……その背中を睨み付けるエリーゼの背中を、ハインツがトンと押す。
「お嬢様、行きましょう」
だがエリーゼはまだ動かず、エルの背中を睨み付けたままだ。
「ハインツ。貴方はどう思いますの」
「特に何も。女好きには「良い女好き」と「悪い女好き」が居りますが、彼は前者寄りなのでしょう」
「……普通は女好きというだけで大減点ですのよ?」
「それは失礼いたしました」
ハインツのしれっとした言葉にしかし、エリーゼはふうと溜息をつく。
「でもまあ、理解はしましたわ。ああいう男ですのね」
「おそらくは」
頷くハインツに、エリーゼは無言で歩き出す。
全ての親切には裏がある。
それがエリーゼの生きてきた世界の常識で、そこに警戒する頭がなくては悪鬼に骨までしゃぶられるのが当然であった。
その世界とは縁遠いこの場所でもその原則は生きていて、それ故にハインツという壁は有効に働いていた。
エルとて「女好き」という裏こそあるが、一言で言えばそれだけだ。
まあ、その「それだけ」が問題だし、それでエルが信用できる人物だというわけでもない。
「いい人」が裏切るのも常であるし、これからのカナメはそういうことにも注意していかなければならない。
「……嫌な女ですわね、私は」
好意を受ければ、その「裏」を考えてしまう。
何かあるのではないか。そう考えて、疑いの目を向けてしまう。
カナメと一緒にいる時と同じように素直になれればと思いながらも、自分の中にある常識がそれを許さない。
そうするのは危険であると分かっているから、そう出来ないのだ。
それに比べてみれば、アリサとイリスはどうか。
アリサは言うまでもなくカナメに一番信頼されているし、良い距離の関係を構築している。
イリスはまだ良く分からないが、単純で裏がないように見える。
それに比べたら、自分のなんと汚い事か。
色々なものを隠して、誤魔化して。それでも、心を自分に縛りたいと願っている。
「……」
自然と、その足は止まって。ネガティブな思考に支配されそうになって。
「エリーゼ?」
目の前から聞こえてきた声に、ハッとしたように顔をあげる。
そこには心配そうな顔をしたカナメの姿があり、思わずエリーゼは後ずさり背後のハインツにどんとぶつかる。
「か、かかか、カナメ様!?」
「どうしたんだ? 具合悪いのか?」
「い、いえ。その、えーと」
「カナメ様。お嬢様は少々人に酔ったようでして。手を引いて差し上げたほうが」
「あ、そっか。人多いもんな」
ハインツのフォローにカナメは納得したように頷くと、躊躇いもなくエリーゼの手をとる。
「ごめん、気づかなくて。お嬢様だもんな、エリーゼは」
「いえ……」
そうではない。
そうではないのだが、カナメのそんな気遣いがエリーゼには嬉しい。
握られた手が、熱くて。
ネガティブな思考は、いつの間にか何処かへ飛んでしまっていた。
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