聖都カレルテリス2

「ああ、すみません。ずーっと一杯でして。ええ、そうですねえ……三年先までがっつりと。ご存じかもしれませんがほら、アレがありますから。そういうもんじゃないって分かってても結果を出さないと帰れないって方も多いんですなあ……」

「はあ」


 相槌をうちながらカナメは、これで三件目か……と内心で溜息をつく。

 元々この聖都カレルテリスは観光都市でもなければ普通の都市でもない。

 神官の神官による神官の為の国であり都市である為、宿は基本的には訪れる巡礼者用として用意されたのが始まりだ。

 元々此処で商売するには厳しい審査があるということもあり、宿自体の数も非常に少ない。

 新しい宿を建ててもすぐに年単位での予約が入って埋まってしまうということもあり、きりがないと判断した聖国上層部が「巡礼者専用」として作った宿も「数年かけての祈り」だとかそういう訳の分からない理由で押し通し逗留する者などで埋まってしまう。

「冒険者用」も同様で、結果としてどうしようもないと判断した聖国は宿屋に関してはそれ以上の建設はしばらく行わないと明言したのだ。


 さて、何故そうなったのか。その理由は今宿の主が言った「アレ」とか「そういうもんじゃない」という言葉に含まれているのだが……。


「やっぱり皆狙いは同じなんだなあ」

「そりゃそうでしょ」

「まあ、本人ではなく遣いだと思いますわよ」

「そこから間違えてるとは思わないんでしょうねえ」

「え、何の話?」


 一人だけ何の話か分からないエルが疑問符を浮かべるが、実に見事なスルーでエリーゼが「どちらにせよ」と続ける。


「宿はとらないと、どうしようもありませんわ。このまま荷物を持ってウロウロするというわけにもいきませんし」

「まあなあ。冒険するにも荷物を全部持っていくってわけにもいかねーしな」

「ちょっと、勝手に話に入ってこないでくださいます?」

「ねえ、なんで俺にそんなに冷たいの!?」

「懲りずに毎晩覗こうとするからじゃないかな……」


 カナメが呆れたようにそう呟くが、エルはそれに「何言ってんだ!」と叫ぶ。


「覗くのが礼儀だろ! 逆に覗かないってのはお前……「貴方に興味ありません」って意味でほら、失礼だろ? 常識だぞオイ!」


 大丈夫かお前、と本気で心配そうな顔で胸倉を掴んでくるエルに揺さぶられているとカナメも「絶対違う」とは思いつつも「この世界ではそれが意外と普通な考え方なんだろうか」という不安も湧き上がってくる。


「いや、でもほら。そういうのって男の勝手なエゴだと思うし」

「お前冒険者だろ!? 冒険しろよ! 常識に縛られて冒険者が務まると思ってんのか!」

「さっきは覗くのが礼儀で常識とか言ってたよな?」


 カナメが冷めた目になり始めた頃合いで、イリスがカナメとエルを引きはがす。


「はいはい、そこまで。往来であんまり騒いでると聖騎士共が来ますよ」


 ついでにエルに拳を一つ振り下ろして悶絶させつつ、イリスはカナメの手を引っ張る。


「カナメさんには彼から積極性を学んでほしいかな、とは思いますけど。あそこまで行くと問題ですから注意してくださいね」

「いや、そりゃまあ……」


 あそこまで突き抜ければ楽しいのかもしれないが、カナメがやるには少しばかりハードルが高い。


「で、結局どうしようか。宿とれないとなると……」

「ウチに来ればいいです」

「え?」

「ウチに来ればいいです」


 繰り返すルウネに、カナメは無言でルウネの言葉を反芻する。

 つまりこれはルウネの店に宿泊施設があり、それを利用すればいいという意味に聞こえる、が。


「喫茶店みたいなやつじゃなかったっけ?」

「お茶屋ではありますけど。たぶん、なんとかなるです」

「ん……」


 カナメは振り返り、アリサに「どうする?」と問いかける。

 しかしアリサは「カナメが決めていいよ」と気軽に返してくる。

 アリサの判断なら間違いないだろうと思っていたカナメは「む」と言葉に詰まるが、続けてエリーゼとイリスに「……えっと。どう思う?」と問いかける。


「カナメ様が決めていいと思いますわ」

「そうですね」


 三人分の委託を受けてしまったカナメは「むうう」と唸りながら考える。

 折角の厚意だから受けておきたい、が。店の主人はルウネではなくダルキンだ。

 此処で気軽に「お願いするよ」などと答えては、ダルキンに断られた時にルウネの立場が無い。

 とはいえ、此処で断っても提案したルウネの厚意を無下にしてしまう。

 ならばどうするか。じっと見ているルウネにどう答えるのが正解かと考え、カナメは一つの答えを導き出す。


「ありがとう。ルウネの気持ちは凄く嬉しいよ。でも、もう少し頑張ってから考えてみたいんだ。どうしてもダメだったら、またルウネとダルキンさんに相談するよ。すぐに好意に甘えてたらダメだと思うから、さ」

「……分かりました。ルウネを傷つけまいとする強がりでも。立派だと、思うです」

「うっ」


 全部お見通しであるらしいことにカナメは呻くが、ルウネの口の端は少しだけ楽しそうに上がっている。


「でもそれなら、どうするですか? この辺の宿は全部同じだと思うですよ?」


 早速相談するですか、とからかうように言うルウネにカナメはさっと視線を逸らし……その逸らした先にひょいと移動したイリスがニヤリと笑う。


「ここは私の出番ですね、カナメさん」

「え、な、何か案が?」

「困った時は神に願えといいまして」


 神殿、行きましょうか……と。

 イリスはそう言ってカナメの手を握った。

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