聖都カレルテリス

「ふう……ようやく着きましたわね」


 そんな事を言いながら、エリーゼは大きく伸びをする。

 普通の旅とは違い、これは護衛の旅だ。護衛の旅とは普通雇い主への挨拶で終わるものだし、解散の合図が出るまでは気を抜かないものだが……これは隊商の護衛であり複数チームによるものだ。

 隊商の中には商機を逃さぬ為にさっさと「終わり」にしたい商人もいる為、隊商のリーダーである商人が代表として解散まで付き合うことになる。

 同様に冒険者側もゴチャゴチャと集まっていても周辺住民にいらぬ不安を掻き立てて迷惑……具体的には通報を受けて飛んでくる騎士団や自警団に怒られる為、代表者のみが隊商のリーダーと最後の締めを行うことになる。

 つまりエルのようなソロの場合は本人が行くしかないが、カナメ達の場合は一人だけ行けばいい。

 普通はリーダーが行く為カナメ達の場合はカナメが行くべきであるし、カナメもそうするべきではあるのだが……アリサに「報酬みたいなデリケートな話ではちょっと……」と真面目な顔で言われて落ち込んでいる最中だったりする。


「ほらカナメ様。そろそろ機嫌を直してくださいまし。こんなに良い天気ですわよ?」

「そうだなあ。いい天気だよなあ」


 ちっともテンションの回復しないカナメをエリーゼはぐいぐいと引っ張るが、カナメはどうにも元に戻らない。


「カナメさん、ほら見てください。ここからだと大神殿がよく見えるんですよ?」

「お、ほんとだ。へえ、中々荘厳だな。こういうのって、何処から見ても綺麗に見えるように考えて作ってるとかって話もあるけどどうなのかな?」


 イリスの指し示す方向を見てカナメも笑顔でそう返すが、どうにも台詞にイマイチ気持ちが入り切っていない。

 無理矢理テンションを上げようと取り繕う空っぽさがあり、「いつまでも落ち込んでいられるか」という空元気と「気遣わせてはいけない」という気遣いが丸分かりだ。

「お、あの建物何かな!?」などと無理矢理テンションを上げていくカナメを見て、エリーゼとイリスは顔を見合わせる。


「……どうしましょう。予想よりダメージが大きそうですわよ」

「カナメさん、アリサさんに相当依存してますからねえ。「頼りにされてない」感を感じたのが相当にショックだったんでしょうねえ」


 ヒソヒソと囁き合うも、そのダメージを与えたアリサ本人が隊商のリーダーであるエイムズのところに行っているのではどうしようもない。

 カナメは本人は出来るだけ強くあろうと気を張っているようだが、周りから見ればその強がりはよく分かる。

 強い口調も態度も慣れていないのが丸分かりで、穏やかな気質がそこかしこで見え隠れする。

 言わば育ちの良さや純朴さがにじみ出ており……ギラギラと飢えた一般人の目や淀み歪んだ貴族の目とは違う輝きを目に宿している。

 それはこの世界で生きていく上で誰もが無くしていく何かを内包し、それ故に初見の人間はカナメに興味を持つ。

 やがてカナメもそれを無くしてしまうのかもしれないが……だとしても、エリーゼもイリスもそれだけがカナメの価値だとは思っていない。

 彼女達がカナメについてきているのは間違いなくカナメ自身にその価値を見出したからであり、目などというものはきっかけにしか過ぎない。

 ともかく、カナメのこの状況はエリーゼ達にとっては「どうにかしてあげたい」状況であるのに変わりはないのだが……「何かあったら酒を飲んで解決」となるほどカナメは単純ではない。

 背後に立つハインツであれば何かいいアイデアもあるのかもしれないが、それはそれで乙女として負けな気もするしハインツ自身も空気を読んで黙ったままだ。

 ならばどうするか。二人が頭を悩ませる横で、ぼーっと眠そうな目で立っていたルウネが音もなくカナメの隣に歩いていき……その脇腹を思いっきり抓りあげる。


「……っ……いだだだ! ぎうっ!?」

「ちょ、ちょっと!?」


 外に出る時にドアノブを捻るかのごとき自然さでカナメの脇腹を捻ったルウネの行動の鮮やかさにエリーゼもイリスも思わず止め損なうが、ルウネはパッと手を離すと今度はカナメの脇腹を人差し指で連続で突く。


「いっつう……って、ちょっ! うっ、ぬっ、ちょっ! な、何!? なんだよ!?」

「ウジウジするの、よくない。です」

「し、してない!」

「してたです」


 ビスビスと穴を開けるかの如き連続技で脇腹を突きに来るルウネの指からカナメは自分の脇を守ろうと手でガードするが、その隙間を縫うようにしてルウネの人差し指がカナメの脇腹を突く。


「人には、向き不向き、あるです。なんでも出来る人間、いないです」

「そ、それはそうかもしれな、い、けど。ちょ、脇やめて! 待った、降参! だっ!?」


 降参、という言葉にどことなく満足そうな表情を浮かべつつ、ルウネはカナメの脇腹を突く手を止める。

 そしてようやく余裕を取り戻したカナメはルウネから距離をとろうとジリジリ遠ざかるが、ルウネも同じ速度でジリジリと近づいていく。


「と、とにかくさ。本当になんでも出来る人間はいなくても、そうなのかもしれないと思える人はいるだろ? アリサとか、ハインツさんとかさ」


 カナメは出来ればそういう「頼れる人」になりたいのだが、ルウネはその眠そうな瞳でカナメを正面から見据え首を横に振る。


「なんでも出来る、は。なんにも出来ない、と一緒です。全部半端だから嘯くです。どんな人間も、たった一つだけの事しか極められないように出来てる、です。神様ですら、その法則から逃れられなかった、です」

「それは……」

「一人では完璧にはなれないから、人は協力するです。自分の「出来る」を持ち寄って、「完璧」になれるように。そういう風に出来てるです」


 ……ならば、カナメは何が出来るのか。皆の為に、何を持ち寄る事が出来るのか。

 それは本当に、皆に足りないものなのか。


「……なら、俺は何が出来るのかな」

「さあ。でも、きっとお金の話じゃないんじゃないかな、と。ルウネはそう思うです」

「そう、かもな」


 言いながら「金の話で海千山千の商人とやりあう自分」を想像してカナメは苦笑する。

 

「バトラーナイトもメイドナイトも、言われてるほど完璧ではない、です」

「え? でも」

「自分に太陽となる輝きがない事、知ってるから。付き従う道を選んだ、です」


 そう、メイドナイトもバトラーナイトも永遠に「主役」とは成り得ない。

 どれだけ優秀であろうと持て囃されようと、決して頂点には立てない。

 そういうものであり、そうある事を選んだ者達なのだ。


「歴史を見渡せば。過去歴史を照らした太陽達は、皆。完璧とは程遠かった、です」


 だが、彼等は輝く才能を持っていた。誰かを引き付け、照らし導く力を持っていた。


「不完全であることを、誇るです。完璧だと奢った時、そいつは才能の限界にいるです」


 さながら井の中の蛙、箱庭の王。

 此処より上は存在しないと奢り、世界の広さを知らぬ道化。


「……んー、つまり。自分に出来る何かを見つけて、現状に満足せず頑張り続けろってことだよな?」

「大体あってる、です」


 差し当たっては、弓くらいしかないけれど。

 それでも、今よりもっと「上」を目指さなければいけないのは間違いない。

 人生で一つしか極められないというならば。きっと、カナメはそれが。


「まあ、頑張ってみるよ。ありがとうな、ルウネ」

「いえ」


 穏やかな笑みをカナメはルウネに向け……そんなカナメとルウネの間に、エリーゼがずいと入ってくる。


「私もお手伝いしますわ、カナメ様」

「あ、私もお手伝いしますよ!」


 背後からカナメとエリーゼの肩をイリスが抱き、ルウネが少し考えた後に空いていたカナメの正面に抱き着く。


「あ、見て見てアリサさん! カナメの野郎、こんな昼間っから破廉恥なことしてるぜ!」

「そうだねー。つーかどういう状況、あれ」

「何その流しっぷり! 俺の宝玉は容赦なく潰そうとしたくせに!」


 エルを完全に無視しながら歩くアリサは手を叩くと、カナメ達に「はい、注目!」と呼びかける。


「とりあえず宿探しに行くよ、宿。ダルキンさんは先に店開けてくるそうだから、案内はそこのルウネに任せるってさ」

「任され、ました」

「あー、じゃあ俺も折角だから同じ宿とろうかな」

「なんで? 別に来なくていいよ」

「ひでえ!?」


 絶対ついていくと吠えるエルを加え、カナメ達は宿を探すべく歩き始めるのだった。

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