聖国へ3

 一度聖国の中に入ってしまえば、旅はもう終わりも同然であるらしい。

 聖域の壁は、そう名乗るだけあって獣や盗賊の類をこっそり侵入させるようなことはない。

 一度、無害な商人を装って入ってきた盗賊団は残らず殲滅されたというから、その信頼性は折り紙付きだ。

 そんなわけで聖国の中はもうそれ自体が巨大な町のようになっており、あちこちに家々が点在しているのが見える。

 その中でも一番大きい「町」が聖国の首都と呼ばれているわけだが……国全体の大きさでいえば、王国にも帝国にも遠く及ばず、連合が再度統一ということにでもなれば余裕で世界最小の国になる程度の規模だ。


「お、見えてきたぜ。聖都カレルテリスだ!」


 そんなエルの声に、カナメが御者台の後ろに備え付けられた窓から顔を出す。

 その先に広がる光景は「聖国」と呼ばれるのに相応しい真っ白な建物の群れ。

 その中央にあるのは、カナメがこの世界に来てから初めて見る巨大で荘厳な建物だ。

 無数の巨大な柱に支えられた如何にも「神殿」といった印象の五階建の建物は歴史ある建造物だけが放つ威厳を持ち、カナメに思わずほう、という吐息を漏れさせる。


「……すごいな、アレ」

「カレルテリス大神殿ですわね。この聖国において、もっとも神聖でありもっとも俗な建物ですわ」

「神聖で……俗?」


 おおよそ共存しようのない単語を組み合わせるエリーゼにカナメは首を傾げ、エリーゼは頷いてみせる。


「あの建物で行われているのは、政治ですもの。他の国々とやり合う為に色々と考えなければなりませんし、繋がりを求めて様々な連中が集う場所でもありますわ。聖国の中で最も穢れを引き寄せる場所である……という言葉があるくらいですわ」

「穢れ、か」


 そう、政治とは決して綺麗事ではない。特に各国の争い事を仲裁する聖国ともなれば尚更その重責も価値も大きくなる。

 聖国をなんとか自分の望むように動かしたいと願う者は一人や二人ではなく、金やら色仕掛けやらが飛び交う誘惑の地だ。

 放り出しても放り出してもそういう輩は減ることはなく、むしろ増える一方だ。

 分かりやすければいっそやりようもあるのだが、敬虔な信者の顔をして奥深く入り込もうとする者も増えている為見分けがつかない。

 神官も神ではなく人であるから、そうした教育を受けた者を事前に見分けるなど不可能なのだ。


「なんともまあ……人を入れないってわけにはいかないのか?」

「重要な場所に関しては入れませんが、一般公開している部分もありますから。聖国の面子的に「怪しい奴を防げませんから一般公開禁止します」とは口が裂けても言わないと思いますわ」

「それに、禁止したところで今度は各神殿に来るのが目に見えてるしね。そうなるくらいなら大神殿に引き付けたほうがマシでしょ」

「そういう面もありますね。あまり大きな声では言えませんけど」


 アリサとイリスの補足説明にカナメはなるほどと頷く。

 つまり、あの立派で巨大な大神殿は誘蛾灯のようなものなのだ。

 聖国という巨大な力に食い込もうとする者を引き寄せる餌であり、罠でもあるということだろう。


「……なんだか急に毒々しく思えてきたな」

「そう嫌わないでください。一応、聖国で最も古い建物なんですから」

「え、そうなのか?」

「そうですよ。元々大神殿がこの地にあり、各派の本殿と呼ばれている建物はその周囲に出来たんですから」

「へえ」


 まあ、確かに町の中心にあるんだから当然だよな……とカナメは納得しかけて、そこで疑問に思い当たり無言になる。

 そう、当然だ。当然なのだが……今のイリスの発言は、何かがおかしい。

 何がおかしいのかと考え、すぐにカナメはそれに思い当たる。


「元々……この地にあった?」

「はい。あの大神殿は元々この地にあったものです。私達聖国の神官達が神々より預かったものである……と伝えられていますね」


 もちろん内装は何度も改装していますがね、と言うイリスにダルキンも御者席から声をかけてくる。


「そういえば内装工事を機に聖国に食い込もうとした連中もいたらしいですが、建築技能を収めた神官達がいるせいで入り込む隙間すらなかったと伺ったことがありますな」

「ああ、建築の神マルタンの神官達ですね。彼等はそういうのに長けていますから」


 そんな神もいるのか……と妙な感心をしながらカナメは馬車の隅に座っているルウネに声をかける。


「そういえばルウネ達は聖国に戻るって言ってたけど、やっぱり神官だったりするのか?」

「いいえ」


 カナメの問いにルウネは首を横に振ると「茶屋です」と答える。


「お爺ちゃんが集めた、色んなお茶をお出し、してます。軽い食事も、出ます」

「へえ、なるほど」

「聞いたことないですね。そんな店、ありましたっけ?」


 イリスが首を傾げるが、ルウネは「あります」と答える。


「ヴェラールの神殿の近く、ですから。レクスオール神殿の神官さんは、馴染みないかもです」

「ハイン、貴方はどうですの?」

「いいえ、存じません。目的外のものには一切興味がございませんでしたから」


 ヴェラール神殿でバトラーナイトの認定を受けたハインツにそう言われてしまうということは、そんなに有名でもなければ大きくもない店なのかもしれないとカナメは思う。


「じゃあ俺達、ヴェラール神殿のほうに用があるからさ。ついでにルウネのお店に案内してくれないか?」

「喜んで」

「あ、俺も俺も! ルウネちゃん、俺も行くぜ!」

「お客様五名、ご案内です」

「ちょっと! 俺も数に入れて!?」


 御者席から必死な声をあげるエルをルウネが完全無視しつつ。

 ようやく、隊商の馬車は聖都カレルテリスの門を潜りその旅を終えたのだった。

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