聖国へ2
並んだ馬車が動き始めると、あとはもう簡単なものだった。
ガラガラと一定の速度で動き始める隊商の馬車を聖騎士が止める事はなく、カナメ達の馬車もただ通り過ぎるのを見ているだけだった。
少し緊張したカナメが門を通り過ぎた後に安心したように息を吐いたのを見て、アリサは小さく笑う。
「カナメ、緊張し過ぎ」
「え!? い、いや。でもさあ……なんか緊張しないか?」
「しないなあ。ていうか、緊張なんかしてると疑われるよ?」
「うぐっ」
確かに治安維持要員の前で緊張しているというのは「後ろ暗いことがありますよ。バレたくないです」というサインに見えないこともない。
カナメが騎士でも、あまりにも緊張しすぎている奴がいたら「怪しい奴だ」と思うだろう。
「ま、まあ……いいじゃないか。何事もなかったんだし」
「そうだねえ」
ニヤニヤしながら手綱を握るアリサに、カナメは「なんだよもう」とそっぽを向く。
どうにもアリサの前ではカッコつけようにもつけられないのだが、ひょっとするとこれはもうどうしようもないのかもしれない。
「まあまあ、機嫌直しなよ。ほら、干しイモ食べる?」
「……食わない」
「まあまあ、ほら」
腰の袋から干しイモを一つ取り出して口元に持ってくるアリサに、カナメは仕方なしに受け取ろうとして……しかしアリサに「ほら、あーん」と言われて迷いつつも口を開ける。
放り込まれた干しイモをモグモグと齧っていると、楽しそうにアリサは笑い声をあげる。
「あははっ……もう、カナメはほんとに面白いねえ」
「な、なんだよ」
「べつにー? ほら、カナメ。私にも食べさせてよ」
「はあ!? な、なんでだよ!自分で食えばいいじゃんか!」
「ほら、私は手綱握ってるし?」
さっきは片手離してたじゃないか、と。そう言いたくはあったが、アリサが聞いてくれるはずもない。
仕方なしにカナメはアリサの腰の袋に手を伸ばす……が、そこで一瞬手が止まる。
いつも思っている事ではあるが、アリサはスタイルがいい。
そんなアリサの腰に手を伸ばすというのは少々……なんというかいけないことのようで躊躇われたのだが、あまりそういう態度を見せてはまたからかわれるとカナメは意を決してアリサの腰の袋に手を突っ込む。
「カナメ、なんか手つきがエロい」
「エロくない」
「そうかなー」
「アリサがやれって言ったんだろ」
「そうだねえ」
からかわれながらカナメは干しイモを一つ取り出すと、それをアリサの口元へと運ぶ。
「ほら、あーん」
「ん」
アリサは軽く齧ると、その齧った部分を嚙み千切って咀嚼する。
「うん、特に美味いってわけじゃないけど慣れた味だね」
「そりゃそうだろ……ていうか、これどうするのさ」
齧りかけの干しイモをブラブラとさせながらカナメは困ったように言う。
先程アリサに「あーん」された干しイモは一端もう片方の手に握っているが、まさかアリサがそうするわけにもいかないだろう。
とはいえ齧りかけを袋に戻すというわけにもいかない。
今言った通り、どうすりゃいいんだというのがカナメの正直な気持ちだがアリサの答えは非常に明快だ。
「どうって。そのままカナメが食べさせてよ。私は手綱握ってるし、口をずっと芋で塞いでるわけにもいかないし?」
「ええ!? 俺が!?」
「なんなら、カナメが御者やる? そしたら私が食べさせてあげる」
「う……」
そう言われては「じゃあ俺が手綱を握る」とも言えない。
言えば「アリサに食べさせてほしい」と宣言したことになるし、それは気恥ずかしいというレベルではない。
かといってアリサに食べさせるというのも恥ずかしい。それを選んだら選んだで、「アリサに食べさせたい」方を選んだことになってしまう。
ならばどちらも選ばないというのもやはりない。
此処にはアリサの齧りかけの干しイモがあり、袋に戻すわけにもいかない。
まさかカナメが食べてしまうわけにもいかないし、そうなるとアリサに食べてもらうしかない。
「……卑怯だ」
「それは風評被害だなあ」
ニヤニヤと笑うアリサに、カナメは仕方なしにアリサの口元に持っていこうとして。
「……そんなに私に食べさせるのは、嫌?」
少し悲しそうな顔でそんな事を言うアリサに、カナメの動きはピタリと止まる。
そんなことはない。
ただ恥ずかしいだけで、嫌というわけでは決してない。
「あ、いや。そんなことは」
ない、と。そう言いかけて、カナメは自分の態度は「そんなことはない」奴のものではなかったと思い返す。
考えてみればアリサは普通に自分に食べさせてくれたのに、カナメはやりたくないというのは「仲間」になりきれていないカナメのエゴではないのだろうか。
そんなことでは、いざという時に躊躇う自分にしかなれないのではないだろうか。
そこまで考えてカナメは意を決してアリサへと向き直り……そこで、アリサの困ったような顔が目に入る。
「……ひょっとしてさ。また何かめんどくさいこと考えてる?」
「……考えてない」
「いーや、考えてた顔だ! 私はカナメがそういうめんどくさい男だって知ってるんだからね!」
「め、めんどくさい男って言うなよ!」
のどかな畑の広がる中を、そんな風にからかわれながら隊商の馬車は進んでいく。
聖国の首都までは、あと一日。
長いようで短い馬車での旅も、もう終わりである。
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