聖国へ

 それからの道中は「何もなかった」と表現するのが一番正確だろう。

 結局盗賊の襲撃はあるにはあったのだが、来るのを待ち構えていた護衛の冒険者達の前では野犬の群れに放り込んだ餌と同じだ。

 あっという間に迎撃されて逃げ回り、護衛という仕事の性格上深追いできずに悔しそうな冒険者達の舌打ち音がしばらく響く……ということになった。

 そんなわけで出番も特になかったカナメ達は結果としてのんびりとした馬車の旅になり、カナメ自身も馬車の操縦をなんとか会得するというメリットもある旅になった。

 いよいよ聖国に到着するかというこの日この時、馬車の操縦のシフトはカナメとアリサだった。


「なんか壁が見える……」

「聖域の壁だね」

「聖域?」


 遠くに見える石を積み上げた城壁のようなものを「聖域の壁」と呼んだアリサにカナメが聞き返すと、アリサは「貸して」と言ってカナメから手綱を受け取る。

 やはりというか当然だがカナメよりも格段に上手い手綱さばきを見せながら、アリサは「本当に聖なる場所ってわけじゃなくて、そういう名前ってだけだけどね」と返す。


「聖国はね、国境をああいう壁でぐるっと覆ってんの。侵略せず、侵略されず。この国境は現在過去未来の全てにおいて不変である……ってね」

「へえ、来たことあるのか?」

「ないよ」


 流石だな……と思っていたカナメは、アリサの答えに「え」と聞き返してしまう。


「有名だからね、聖域の壁の事は。私も見るのは初めてだよ」


 実際見るとそんな感動するものでもないけど……とアリサは興味なさそうに言うが、カナメはそうでもない。

 国境をぐるっと覆う高い壁。実にロマンのある響きではないだろうか?


「なんかこう、壁砦とかってやつにも似てるな?」


 壁をよく見てみると壁の上に見張り台や、壁そのものにも窓のようなものがあるのが見える。

 その造りはミーズで見た壁砦……あれは木製だったが、それと同じような構造にも思える。


「同じだよ。壁砦っていうのは元々護国の為の発想らしいからね。流石に国全体で実現したのは聖国だけだろうけど」

「へえー」


 となると、あの壁には聖国の騎士団がいるのだろうか。

 それとも、自警団がいるのだろうか。

 いや……流石に国全体の規模で自警団はないだろうから、やはり騎士団だろう。

 そう考えて、カナメはふとした疑問が浮かぶ。

 確か聖国には各神殿の神官騎士がいて、それが色々な抑止力になっていたのではないだろうか?

 しかしそれは「聖国の騎士団」と言っていいのだろうか?


「なあ、アリサ」

「んー? もう少ししたら壁に着くよ?」

「いや、そうじゃなくて。あの壁守ってるのって、聖国の騎士団……でいいのか?」

「ああ、うん。確か聖騎士団とかいうのがいるから、それがいるんじゃないかな」


 聖騎士団。なんともワクワクする響きに、カナメは思わず横のアリサのほうへと身を乗り出す。


「聖騎士団っていうとアレだよな? 神に剣を捧げたエリートとかの」

「え、いや。エリートかは知らないけどまあ、騎士だからそこら辺の奴よりはエリートなんじゃない?」


 まあ、連中が剣を捧げてるのは神じゃなくて聖国だけど、とアリサは続ける。

 神に剣を捧げているのは、むしろ神官騎士達だ。


「んー、つまりさあ。聖騎士は聖国が雇ってるんだよ」


 そもそも聖国は各神殿が話し合い運営している国で、その住人もまた神官達が中心だ。

 しかし、それだけというわけではない。

 少ないながらも特別に認められた一般の国民も存在しており、そのうちの一つが聖騎士というわけだ。

 これに比べ神官騎士は元々神官であり、各神殿の指揮下にある。

 つまり元々指揮系統が違うのだが、聖国の感覚としては神官騎士の方が上位の存在であり……しかし個人として国外で活動する事も多い神官騎士に対する聖騎士の感情は良くない。

 聖騎士には国を守っているのは自分達だという自負があり、法で定められた聖国の騎士は自分達であるという考えもある。

 まあ、実際の話をするのであれば神官騎士が聖騎士の指示に従うはずもないし有事の際には神官騎士達は神殿の意思の元に動く。

 聖騎士とて神殿の神官達で構成された「協議会」の指示で動く為究極的には同じなのだが、この辺りは理屈ではない。


「あー。じゃあイリスとは仲悪いんだ」

「かもね」

 

 そんな事を話しているうちに、隊商の先頭がついに聖域の壁に設置された門の前に着く。

 何やら門番の騎士らしき姿も見えるが、真っ白で飾りのゴテゴテとついた鎧を着ているのがよく分かる。


「おおー、なんか如何にも聖騎士って感じだな!」

「そう? まあ、儀典用っぽいっていう点では賛同するけど」


 動きにくそうだよね、と言うアリサにカナメも「あー」と頷く。

 確かに金属鎧とは物凄く重いものだ。それにあんなに飾りをつけたら更に重いだろうし、動きにくそうだ。

 帝国騎士のダリア達も重そうな鎧を着ていたが、あれは例外なのだろう。

 現実的にはアリサのように革鎧を着るのが一番いいのは間違いない。


「うーん……なんかなあ。夢がないよな」

「大体の夢はお金で買えるよ、カナメ」


 だからお金は大事だよ、と。そんな事を言うアリサにカナメは深い溜息をついた。

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