隊商の護衛10
結局野営の間はヴーンが現れたという報告があったくらいで、盗賊は出てこなかったらしい。
ヴーンを倒した班が多少の特別報酬を請求できるとかと喜んでいたらしいが、今御者席で自分が味わっている心労に比べたら大したことはないだろうとカナメは思う。
「……えっと、俺の顔……何かついてる?」
「目と鼻と、口。色々ついてます」
「そっか……そうだよな。俺、人間だもん。そりゃついてるよな」
やはりこの子はよく分からない、と思いながらカナメは馬車を操る。
今日もカナメとルウネによる御者席でのシフトがきたのだが、どうにも今日のルウネはカナメをずっと見つめている。
昨日のダルキンの話からするとルウネはカナメに興味を持っているようなのだが、どうにもそれが分からない。
そもそも、ルウネの表情はどうにも読みにくい。
アリサもエリーゼもイリスも非常に分かりやすい上に、言いたい事はハッキリ言うのでカナメとしても応対しやすい。
しかし、ルウネは分からないのだ。
「……」
「えーと」
しかも、自分からは中々話さない。
その眠そうな目は意思が読みづらいし、話しかけていい雰囲気なのかも読み取れない。
しかし、話さなければ話が何も進まない。
「昨日ダルキンさんが言ってた話、なんだけど」
「はい」
「俺が気になってる、っていうのは」
「……」
カナメの問いかけに、ルウネは無言。聞いてはいけない事だったかとハラハラし始めるカナメに、そこでようやくルウネが口を開く。
「言葉通りです。カナメさんのこと、気になってます」
「それって、えーと……好きとか嫌いとか、それ的な?」
この聞き方は自意識過剰すぎないかと後悔しながらもカナメはそれを言い切る。
遠回しに聞いてもルウネは遠回しに返してくるだろうと思っての直接的な聞き方だったが、ルウネはそれに「間違いではないです」と答える。
「えっ」
「好きか嫌いか、は。人が人と付き合う上で一番大事です。嫌いな人、とは。何も始まりません」
それは、確かにそうかもしれないとカナメは思う。
人間関係は最初に「好き」か「嫌い」かで始まる。
「嫌い」からは決して何も発展しないし、するはずもない。
だからルウネの言う事は正しい、のだが。
「うん。そうなんだけど、違うんだよ……」
困り果てて、カナメは遠い目をする。
最初から話が全く進んでいない。一体どうしたものかと考え、カナメは思いついたことをそのまま口にしてみる。
「ルウネは、俺に何か望んでるのか?」
「いいえ、何も」
だが、それにもルウネはそう答える。
何も望んでいない。その言葉に嘘の色は感じられず、カナメはますます混乱してしまう。
「でも。望まれた時に応えるかどうかを考える為に、見てます」
言いながら、ルウネはカナメの顔をじっと覗き込む。
その言葉が一体どういう意味なのか、カナメにはいまいち判断しきれない。
即座に頭に浮かんだのは銀狐の眉毛亭でのエリーゼだったり、イリスの柔らかな感触だったり、昨夜のアリサだったりしたのだが……すぐに頭からイメージを追い払う。
「望まれた時、って」
「……」
だがそれきり、ルウネは黙ってしまう。
それ以上答えたくないという意思表示なのは明らかで、カナメは小さく溜息をつく。
本人が答えたくないならば、これ以上無理矢理聞くこともカナメにはできない。
だから、カナメは最後に一つだけルウネに問いかける。
「なんで俺なんだ? たぶん俺、君には会った事ないと思うんだけど」
「勘です」
これは答えたくない事ではなかったのだろう。
ルウネは、即座にそう答えてくれる。
「ミーズの町で噂を聞いて、町で見かけて。「この人かも」って思いました」
「……よく分からないけど。そんな大した奴じゃないけどな、俺」
力はある。それは認めるが、逆に言えばカナメにあるのはそれだけだ。
馬車の操縦すらルウネに教えて貰って監督して貰わなければおぼつかず、一人で旅に出たとして無事に帰ってこれるかも自信がない。
その程度が今のカナメであり、誰かにそんな運命的な何かを感じてもらえるような者ではないと思っている。
「自分で自分の事をたいした奴って言う人は。実はあまりたいしたことないです」
「そんなものかな」
「そんなものです」
頷くルウネに、カナメは小さく吹き出す。こんな短い会話で、空気があっという間に昨日の程よく「抜けた」雰囲気に戻ってしまっている。
それはルウネが意図的にそう仕向けたのかもしれないし、偶然なのかもしれない。
だがどちらにせよ、カナメはルウネといる時はこの空気の方が好きだ。
「……あとどのくらい行けば聖国に着くのかな」
「たぶん、四日くらいです」
ふーん、と頷いて……カナメは「あれっ」と声をあげる。
「確かミーズって、帝国の国境とも近いんだろ? なのに聖国までそのくらいで着くのか?」
「聖国は、大陸の中心にあるです。で、ミーズはどちらかというと中心部寄りです」
「ふーん……大きな国なのか?」
「影響力だけで言えば。国土は、小さいです」
確か世界中の神殿の本殿が集まっている国だったな……とカナメは思い出す。
一体どんな国なのか。少しばかりワクワクした気持ちになりながら、カナメは手綱を握りなおした。
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