隊商の護衛9
食事も終え、夜も更け……それでも、たき火が消されることはない。
商人達が寝静まった後も、護衛という冒険者の仕事は続くからだ。
例によってカナメ達にはほとんど仕事がないが、それでも全員で寝ていていいというわけではない。
むしろカナメ達の馬車周辺の警戒が主な任務であり、巡回では気づかない部分に気づくのが役目ということになる。
そして、今たき火を囲んで座っているのが誰かといえば……カナメとアリサ、そしてダルキンである。
たき火を囲み座る三人の他には、この場に人の姿はない。
他のメンバーは馬車の中で寝ているが、女性陣の身体の水拭きを覗こうとしたエルは追い出されて御者台で寂しく寝ていたりする。
まあ、本人曰く「潰す前の虫を見る目」で見られながら中にいるよりは、そちらの方がマシなのかもしれない。
「いい夜ですなあ」
「そうだね」
ちっとも「そうだね」じゃない顔で答えるアリサに、ダルキンは全く気にしない様子を見せながら空を見上げる。
つられてカナメも空を見上げてみれば、綺麗な月がそこには輝いている。
いや、月だけではない。星々もそこには無数に煌いており、いつだったか田舎で見た星空をカナメに連想させる。
「……確かに、綺麗だなあ」
呟くカナメにダルキンは穏やかに笑い……しかし、そこでアリサの「おい」という低い声にカナメは慌てて視線をアリサへと向ける。
アリサの声はカナメに向けられたわけではなく、その視線はダルキンを捉えており……「なんでしょう」と答える彼にアリサは苛立たし気な様子を見せる。
「もういいでしょ。一体どういうつもりなの」
「あ、アリサ」
「カナメだって気づいてるでしょ? こいつ今日一日、ずっとカナメを観察してた。他の連中も大なり小なり注目してはいたけど、興味本位の連中とは明らかに違う」
まあ、確かに気づいてはいた。
気づいてはいたが、「有名」になってしまったカナメに視線を投げかけてくる者は多かったし、話しかけてくる様子もないので放っておいたのだが……。
「気になったって理由はとっくに通り越してる。アンタのそれは、明らかに異常だ。何か狙いがある奴しか、こういう事はしない」
言いながら、アリサはゆっくりと立ち上がる。その手は腰の剣に伸び……しかし、その時すでにダルキンの棒の先がアリサの喉元に突きつけられている。
「なっ……!」
「落ち着いてください。私は貴方がたに危害を加えようとしているわけではありません」
立ち上がるカナメにダルキンはそう告げ、ゆっくりとアリサから棒をどける。
「そういう気であるのなら、いつでも出来ました。それは今理解したはずです」
「……そうだね。ていうか、思い出したよ。
「そういう噂も流しましたな。無軌道な若者を相手にするのも疲れた頃でしたか」
さらりと言うが、そんなに簡単なことではない。
有名人の生死に関する噂は特に情報屋が神経を使うものであり、ガセの噂は現地の情報も含めて早々に弾かれる。
しかし、ダルキンに関してはそうした「修正」の話を聞いたことがない。
ということは、海千山千の情報屋達をも騙し切ったということになる。
「名前の同じ別人。そう言い切るのは容易いことです。私の偽者もたくさん居ましたし、私の姿を正確に知る者も居ませんでしたしな」
「……そんな奴が、どうして本物であると認めるわけ? そのまま別人で貫き通せばよかったものを」
「本物と言い切る事が一番早そうでしたからな。
「どうかな。「噂通りじゃない」奴なんて腐るほど見てきたからね」
言いながら、アリサはぐっと姿勢を低くする。
「言いなよ。狙いは何。それ次第じゃ、こっちも引けない」
いつでも斬りかかる事の出来る姿勢に移行しているアリサに、ダルキンは「カナメさんですよ」と答える。
「それは知ってる。カナメの何が狙いなの」
「特に何も。ただ、うちの孫娘はカナメさんを気にしているようですからな。少しばかり見極めさせていただこうか……とっ!」
カナメの上空を突如通り過ぎる影。
それはダルキンへとそのまま飛びかかり、鈍い音を響かせる。
「……お爺ちゃん。余計な事、言わないで」
「まだロクな事は言っとらんよ」
「口閉じて。お爺ちゃん、口臭い」
「その攻撃方法は卑怯だと思うがの」
言いながらも、ダルキンはルウネの振るう棒を捌き続けている。
熟練同士の戦いにも思える二人の棒捌きは凄まじく、しかし互いの目には本気の色は無い。
じゃれ合い。そんな言葉がピッタリの光景に、アリサは気を抜かれたように肩を落とす。
「……なに。ちょっと、それじゃあまさか、アンタ等がこの仕事受けたのって」
「聖国に戻る用事もありましたが、主に孫娘の為ですな。こういうのは早めに知り合った方が有利と……おおっと!」
「お爺ちゃん、黙って」
速さを増したルウネの棒をそれでも捌くダルキンをしばらく見ていたアリサは、やがて長い溜息をつく。
ルウネのことも含めて全て嘘だという可能性も、当然ある。二人が何者なのかも含めて、謎は残ったままだ。
だが……とりあえず「嘘をついていない」ことは分かる。その感覚すらも騙されている可能性もあるにはあるが、そこまでやってしまってはきりがない。
ならば思考をひとまず切り替えて「誤解であった」とするのが一番無難であった。
「……考えすぎだったか。あー、もう。バッカみたい」
「……」
「なに、カナメ」
頭をガリガリと掻いていたアリサは、カナメの視線に気づき顔を赤らめながら睨み付ける。
散々気を付けろと煽っておいて「こんなオチ」なのが少し気恥ずかしいのだが、そんなアリサにカナメもまた恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「あ、いや。なんていうか……本気で心配してもらえるって嬉しいなって思ってさ」
「別に。心配くらい、普通でしょ。結果として今回は私の考えすぎだったし」
「でも、嬉しいよ。ありがとう」
そう言って笑うカナメに、アリサは「バーカ」と言って顔を背けた。
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