隊商の護衛8

 野営。寂しげな印象のあるソレだが、キャンプと言い換えれば楽しげなものに聞こえるだろうか。

 実際、無数のたき火と食事の用意をする光景は中々に壮観なものだ。

 警備の都合上、野営中だからと護衛の冒険者達が一か所に集まることはない。

 各自に指定された場所で、場合によっては商人達と一緒に食事をするのだが……そうなった場合は悲惨だ。

 ケチな商人の中でも特にケチな商人は護衛の分まで食事を用意しない。これは食事代も護衛代に含まれているからという考え方なわけだ。

 まあ、実際には一緒に鍋か何かを囲んで食事をした方が連帯感やら人情やらで「より良い護衛」を期待できるのだが……「報酬以上のものを望むな」というそうした商人の考え方も理解できないわけではない。

 ……というわけで、そんな商人の担当にたまたまシフトで当たってしまった冒険者は実に悲惨だ。

 一人分のたき火を起こすのもナンセンスな為、もそもそと干しイモでもかじる羽目になるのだ。

 飲み物も護衛中となればワインを飲むわけにもいかず、ちびちびと水袋の水である。


 カナメ達はどうかといえば……他の冒険者達が仕事の大部分をとっていったので商人の個別護衛もなく、気軽な自分達だけでの食事である。

 まあ、今回はエルやダルキン、ルウネも含んではいるが……いまだピリピリとした雰囲気は多少ながらある。

 ちなみにメニューはアリサが手際よくたき火を起こし、ハインツが刻んだ干し肉と干し野菜、それに少しの香辛料で味付けしたスープという旅の間はよく食べる事になる定番の食事だ。


「これもすっかり慣れたなー」


 まだ煮えていない鍋を見ながらカナメが呟けば、干し肉を提供したエルが「そうだなあ」と答える。


「一人だと最初はめんどくさくて干し肉炙って食うだけなんだけどさ。どっかのタイミングで寂しくなって必ず干し野菜とか買い始める時期があるんだよ」

「へえ、そうなのか?」

「おう。干し肉と干しイモのローテーションだと、どうしても……なんつーか、自分が何で生きてるのか真面目に悩むようになる。いや、ほんとだぜ? なんか気分がすげえ沈むんだよ」


 なんとなく栄養不足のせいもするが、魔力が体調を整えているなら本当に気分とか飽きの問題だろうか……などと考えながらカナメは頷く。


「で、次についた町で干し野菜を買うわけだよ。ちいとばかし割高だけど、それをぶちこんで食った鍋は確かに彩りを生活に与えてくれるってわけだ」

「へえ、じゃあよかったじゃないか」

「だと思うだろお?」


 そう、そこまではよかったのだ。

 だが……今言った通り、干し野菜は多少割高だ。

 それを買っているソロの冒険者は町で獲物を見繕っている盗賊の斥候にはカモに見えたらしい。


「鍋をいざ食おうとした瞬間に馬に乗って盗賊どもがやってきやがってよ。なんとか撃退したけど、鍋はダメになっちまって。あれは泣いたぜ……」

「へえ……ていうか、撃退したんだな」

「しねえと俺、今此処にいないだろ」

「いやほら、上手く逃げ出したとか」


 そんな事を言うカナメにエルは人差し指を振ってチッチッと言いながら自慢気な顔をする。


「カナメ。冒険者ってのはナメられたら負けなんだよ。で、盗賊ってのはすげえしつこいんだ。一度カモと思われたら何処までも追ってくる。最初の一発で撃退しないとな」


 盗賊は言うまでもなく裏稼業であり、定期的な収入など望むべくもない。

 それ故に簡単に奪える相手は盗賊にとっては金銀財宝掴み取りセールであり、逃がすはずがない。

 たとえ逃がしたとしても何処までも追い、命ごと全てを奪い取るのが基本であり鉄則だ。

 なにしろ、逃がせば掴み取りセールが騎士団との鬼ごっこに化けてしまうのだ。


「……そんなもんか」

「ああ、そんなもんさ。それからしばらくは火を起こすのも怖くなってよ。干しイモばっかり食う日が続いたこともあったなあ」


 懐かしそうに言うエルに、カナメはエルが思ったよりもずっとベテランらしいことに思い至る。

 年齢的には自分とそう変わらないように見えるのに、濃密な人生経験という意味ではエルのほうがずっと上なのだろう。

 鍋はふつふつと煮え始め、干し肉から出汁が出始める頃合いだ。たき火に枝を追加しながら、カナメは「エルはさ」と話しかける。


「ん?」

「エルは……なんで、冒険者になったんだ? 今聞いた感じだと、結構経験があるんだろ?」


 カナメの質問にエルはきょとんとした顔をすると「あー」と言いながら鼻の頭を掻く。


「つまんねー理由だよ。俺の生まれた村は貧乏で、俺の家はもっと貧乏だった。だから、そうなるしかなかったんだよ」


 言いながら、エルは記憶の底を探る。

 生まれた村を捨てようと思ったのは、いつだったか。

 食べるに困って土を口に入れた時だったか。

 それとも、村に怪しい連中……今思えば人買い共がウロウロし始めた時だったか。

 ……あるいは、隣の子がそいつ等に連れられて……。


「……おいおいカナメ、なんだその面」

「いや……なんか嫌な事思い出させたかなって思ってさ」


 いかにも申し訳なさそうな顔をしているカナメに、エルは快活に笑ってカナメの背中をバンバンと叩き、その空気を吹き飛ばす。


「なあに言ってんだ! それより次はお前の番だぞカナメ。あんな可愛い子に囲まれて手出してないとは言わせねえぞ。誰だ、誰が本命なんだ!」

「え、い、いや。そんな関係じゃないって!」

「はあ!? お前、それでもついてんのかよ! それともアレか。愛の神カナンの祝福がお前の股間にゃ届かなかったのかよ!?」

「わ、訳わかんない事言うな! そんなんじゃなくて仲間なんだって!」


 途端に掴みあいを始めるカナメとエルに、「男同士の会話」を見守っていたエリーゼ達が慌てて駆け寄っていく。


 ……ちなみにだが。「愛の神カナンの祝福が届いていない」云々がどういう意味かというと。

 いわゆる性的な何かに欠陥があると。まあ、そんな感じの意味だったりする。

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