隊商の護衛7

 それからも幸いにも何事もなく、馬車は進んでいく。

 やはり護衛が多いのが効いているのか、それとも盗賊団など居なかったのか。


「退治された、かもです」

「あー……その可能性もあるか」


 御者台の上で、ルウネとカナメはそんな会話を交わす。

 順番ということで、今度は二人が御者台に座り馬車を動かしている。

 アリサもイリスもあまりよい顔をしなかったが、正体不明だからといつまでも疑っていても仕方がない。

 疑いから始まる不和があるというのもまた事実であり、ダルキンよりはマシという消極的理由もあった。

 カナメからしてみれば疑いすぎなのだが、アリサ達の危惧も分かる。

 何しろ、どんな人物なのか話してみてもサッパリ掴めない。

 ルウネも何処となく掴めないが、ダルキンと比べればだいぶマシだろう。


「あ、違うです。その持ち方だと、曲がるときに上手くいかないです」

「おっと、ごめん」


 言いながらルウネの手がカナメの手に触れて手綱の持ち手を修正する。

 馬車の操り方など知らないカナメだが、こうしてルウネに教えてもらいながら何とか出来てはいる。

 とはいっても、一人では不安でできそうにもないな……という程度だ。


「カナメ、さんは弓だから。パーティ組んでるなら今後も操る機会はないかもですよ?」

「かもね」


 実際、何かあればカナメは攻撃に回るのが正しい役割だ。

 警戒も遠距離攻撃を出来る者がやるのが当然で、そうなると自然と馬車の御者役からは外れる。

 適材適所という考え方からいっても、カナメが馬車を操るのは効率的とは言えない。

 言えない、のだが。


「まあ、機会がないかもしれないから出来なくてもいいって理由にはならないしな」

「そうかも、しれませんね。じゃあ覚えましょう」


 アッサリと前言撤回したルウネにカナメは「ハハッ」と笑う。

 どんな人物なのか掴めないとは思っていたが、こうして話してみればルウネがいい子なのだと分かる。

 だからダルキンとだって、話してみればもっと分かり合えるかもしれない。


「あのさ、ルウネ」

「はい?」

「ダルキンさんって、どんな人なんだ?」

「あんな人です」


 即座に返ってくる身も蓋もない答えにカナメは思わず無言になり、ルウネ流の冗談だったのかな……と思い直す。


「えっと、そうじゃなくて……ほら。あるだろ? 優しいとか怒りっぽいとか。神経質とかズボラとかさ」

「全部です」


 全部。そう言われてどう返せばいいのかカナメには分からない。

 もうちょっと望んだ答えを返してもらえる聞き方はあっただろうか……と考えていると、ルウネが「分かりませんでしたか」と呟く。


「え、あ、うーん。ちょっと難しかった……かも。何か哲学的な意味じゃないんだよな?」

「哲学といえば、哲学かもです。おじいちゃんも人間ですから。優しい時もあれば怒りっぽい時もあるし、神経質なところもあればズボラなところもあるです」

「ああ、まあ……うん」


 確かにまあ、それはそうだ。どんな人間だってハンコで押したように一つの傾向で固定されているわけではない。

 優しい人間だって機嫌の悪い時はあるし、細かい人間が抜けていることだってあるだろう。

 時と場合によって全く別の人物のように見えることだって珍しくはない。

 どんな人物かと言われた場合に返す答えとしては、ルウネのものが究極的には正しいのは確かだ。


「まあ、そうなんだけど。なんていうかな……うーん」


 一般的に見た場合にどうかという事を聞きたかったのだが、それだと「どんな人物か」という内面に関する問いの答えからはズレてくる気もする。

 何しろ一般的に見た場合は「穏やか」というのが正しい答えであるだろうからだ。


「あ、そうだ! ルウネから見たら」

「前向かないとダメです」

「あ、ごめん」


 窘められてカナメは前方へと集中する。

 この辺りは山が近くにあるせいか、裾野には森が広がり「盗賊が隠れられそうな場所」が非常に多い。

 カナメ達の旅も山や森を通るわけではないが近くを通っている為、警戒のメンバーの表情も非常に厳しいものになっている。

 そんな場所では御者が常に冷静かつ的確に馬車を操ることが重要であるのは言うまでもない。

 

「カナメさんは、なんでそんなにお爺ちゃんの事気にするですか?」

「なんでって。んー」

「好きなんですか?」

「えっ」


 思わぬ台詞にカナメはルウネへと振り向き「前向くです」とルウネに顔を掴まれて強制的に前を向かされる。


「いや、男同士じゃそういうのはっていうか……」

「前にお爺ちゃん、男の人に告白されてたことがあったです」

「そっか。うんごめん、聞きたくないや」

「あんまりしつこいからルウネが叩きだしたら今度はルウネに」

「え、それはなんていうか……大丈夫だった?」


 大丈夫です、と答えるとルウネは「それで」と続ける。


「カナメさんは、お爺ちゃんの何処が」

「違うから。俺は普通に女の子が好きだから」

「……つまり、ルウネが好きだからお爺ちゃんの事を?」

「嫌いとは言わないけどさ、でも違うんだよ……」


 ちょうどそういうのが好きな年頃だったんだろうか、とカナメは軽く頭を抱えそうになる。

 やっぱりルウネの事もよく分からない。

 そんな事を考えるカナメをそのままに、一行は予定していた野営場所へと到着するのだった。

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