次の目的地の話

「聖国……ですか」


 カナメがクシェルから聞いた話を伝えると、エリーゼはそう呟いて考え込む様子を見せる。


「ああ。直接そうとは言わなかったけど、ハインツさんとかクシェルみたいなのを雇えって話なんだと思う」

「……そのクシェルは何処にいるんですの?」

「あれ、そういえば」

「カナメの帰還の報告に行ったんだろうね」


 アリサのその言葉に、そういえばクシェルはハイロジア王女のメイドナイトだったものな……とカナメは思い出す。

 仕方ないのかもしれないが、別れるときに一言もないというのは少しばかり寂しい気もする。


「私もクシェルも使用人ですからね。基本的に影となり支えるのが仕事です。自分の仕事を終えた後は場を乱さぬように下がるのは正しいことです」

「でも、やっぱり少し寂しいよ。一緒に戦った仲なんだしさ」

「なるほど。ではそのようにハイロジア様に申し上げればよろしいかと。ハイロジア様の命令あらば、クシェルもそのようにするでしょう」

「ハインツ」

「出過ぎたことを申しました」


 すっと下がるハインツをエリーゼは睨み付けるが、それでもハインツは涼しい顔だ。

 そんなハインツに溜息をつきつつ、エリーゼはカナメへとフォローするような笑顔を向ける。


「気にする必要はありませんわよ、カナメ様」

「いや、いいよ。友達とか仲間とかじゃなくて部下だし、それも他人の部下だ。当然、クシェルの場合はハロの意に添うような行動をする。当然のことだよな」

「それは……いえ、その通りなのですけれど」


 そんな存在を雇うということは、重いことだ。

 自分の為に動き、自分の意に添うように心を配る従者。

「仲間」とは違う「従者」という形は、カナメには想像はしきれないが……その重みだけは理解できる。


「……なんでクシェルは俺にそんな事を言ったんだろう。それとも、それもハロの意思なのかな?」

「あの、カナメ様」

「え? まさかエリーゼ、何か気付いて」

「そのハロというのはもしかして、お姉様の事ですの?」


 ずいずいと近寄ってくるエリーゼにカナメが頷くと、エリーゼはカナメの胸元を何度か軽く叩いて何かを確かめ始める。


「え。な、何? どうしたんだよ」

「カナメ様。お姉様からは何も渡されてませんわね?」

「え? あ、ああ。例の話? 何も貰ってないよ」

「ならいいんですけど……」

「そんなに渡してほしかったの?」


 聞こえてきたそんな声に振り向けば、そこにはハイロジアとクシェルの姿。

 先程までそこに居たはずのアリサとイリスは何処にいるのかと探してみれば、二人がカウンターでパンをちぎっているのが見える。


「二人とも何してるんだよ……」

「何って。朝ご飯食べ損ねてたし」

「姉妹喧嘩に首突っ込むのもどうかと思いますしね」


 アリサはともかくイリスは忠誠がどうのと言っていた気がするのだが、カナメを渦中に置いていくのはいいのだろうか。

 そんな事を考えながらも、カナメはツッコミを諦めてハイロジアへと振り向く。

 だが、カナメが口を開くより先にエリーゼが噛みつくようにハイロジアへと叫ぶ。


「ちょっとお姉様! カナメ様に手を出すつもりですの!?」

「場合によってはそうしようと思ってたんだけど。もう少し育ててみないと判断はつかないわね」


 冗談めかして言うハイロジアだが、その「結構本気よ」とでも言いたげな視線がカナメを貫く。

 寒気にゾクリと身を震わせるカナメに、クシェルが一歩前に進み出て封筒を渡してくる。


「例のものです」

「あー、さっき言ってたやつね」

「あ、ああ。ありがとう」


 それが紹介状であることを悟ったカナメはそれを受け取るが、その伸ばした手をハイロジアがしっかりと掴んで引き寄せる。


「うわっ!?」

「よっと」


 不意を突かれバランスを崩したカナメをハイロジアがその体で受け止め抱きしめる。

 瞬間にエリーゼが声をあげるが、ハイロジアは気にした様子もない。


「森での戦いの事聞いたわよ、カナメ」

「え? あ、はい」

「結構大変だったみたいね?」

「えっと……まあ」


 カナメの返事にハイロジアは頷きながら、優しげな表情で腕の中のカナメを見る。


「今回のカナメのやった事は大きな功績よ。倒しても蘇る炎の化け物。そんなものを倒したカナメの功績は、英雄と言われるに値するかもしれない」


 カナメ一人がやったことではない。ダリアも、クシェルも……全員の成果だし、クラートテルランもレヴェルの助けが無ければ倒せたかどうかは分からない。

 だが、カナメがそれを言うより前にハイロジアが言葉を紡ぐ。


「でも、王国の貴族連中は絶対に認めないわ。帝国が関わっているのもそうだけど、カナメ自身を認めるかどうか。下手をすると、私やエリーゼが婚約者候補を実際より大きく見せる為にやった狂言だと言いかねないわ」

「お姉様!」

「事実でしょ、エリーゼ。私はクシェルが嘘をつくはずないと知っているから信じられるけど、「炎の化け物」の件は「王国側」の目撃者がクシェルしか居ない。クシェルが私の為に嘘をついている……くらいは平気で言いかねない連中よ」


 聞いていて、カナメはダリアの言っていたことを思い出す。

 そして恐らくは、権力闘争が「新しい誰か」を阻むのだろうと理解する。


「ごめんなさいねカナメ。こんな事で私は貴方を薄汚い連中の目に触れさせたくはない。だから、今回の件も表立った評価はできない。それと、クシェルの渡したソレの件は真剣に考えたほうがいいと思うわ」

「それって……」

「貴方の進む道を、仲間とは違う形で守る者が必要になるわ。そしてそれは、彼等が世界最高峰よ」


 そう言うと、ハイロジアは身を翻す。


「早めの出発をお勧めするわ。此処に来るウォルフは真面目だけど、融通きかないから。たぶん面倒な事になるもの」


 そう告げて、ハイロジアとクシェルは外へと出ていく。

 その姿を見送り……カナメは、仲間達の姿を見回す。


「どう思う? 皆。聖国……行くべきだと思う?」

「別にいいんじゃない? 目的地の決まった旅なわけでもないし」

「私は歓迎ですけど」


 即座に賛成するアリサとイリスを見て、エリーゼもカナメへと振り向き頷く。


「私も……賛成ですわ。カナメ様のバトラーナイト、探しましょう?」

「ああ、そうだよな。いい人が……って、ん?」


 何か今おかしな所があったようなとカナメは首をひねり、エリーゼをじっと見る。


「どうされましたの?」

「えっと……いや、別に」


 気のせいかと判断したカナメが庭の竜鱗騎士をどうにかしようと向かったのを見送り……そのタイミングを見計らってアリサが思い切り吹き出す。


「あんだけあからさまなのも笑えるけど、カナメも気づかないものかなあ?」

「だ、だって! カナメ様がメイドナイトに惚れてしまったら、私じゃ勝ち目ないかもしれないじゃありませんの!」

「気にしすぎだって。そもそも惚れたところで、カナメが自分から手を出すとも思えないよ?」


 カナメが聞いたら否定しようにも出来ずにひっそり心で泣きそうなアリサの発言に、エリーゼは真剣な表情で口元に指をあて悩んだ後に「……それもそうですわね」と呟く。


「これも一種の信頼関係なんでしょうかね」


 食後の薬草茶を飲んでいたイリスがそんな事を呟くが、カナメに聞こえていないのは……今日のカナメの幸運と言えただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る