銀狐の眉毛亭への帰還
「えーと……ただいま」
銀狐の眉毛亭の入り口のドアをカナメがそっと開けると、そこにはエリーゼが腕組みをして立っていた。
その背後にハインツが控えているのを見ると、カナメの帰還を知らせたのは彼なのであろう事がなんとなく理解できる。
睨み付けるような冷たい眼差しがチクチクと刺さるが、カナメは何とか目を逸らさないように正面から向き合う。
「……お帰りなさいませ、カナメ様。無事の帰還、嬉しく思いますわ」
「あ、ああ」
ちっとも嬉しそうな顔には見えないのだが、カナメとしてはそう返すしかない。
いっそ怒鳴られた方が謝りやすかったのだが、そういう様子は全くない。
「お疲れでしょう。汗を流してお休みになられたほうがよろしいかと」
というか、感情の載っていない声で気遣いの言葉を投げかけられるのが物凄く痛い。
ひどく居たたまれないそわそわとした気持ちになるし、どうにもこうにも逃げ出したくなる。
……だが、ここで流れにのせられたまま終わるのも逃げるのも良くないということくらいはカナメにも分かる。
「あのさ、エリーゼ」
「申し訳ありませんが、私も少々疲れておりますのでこれで」
「エリーゼ!」
身を翻して去ろうとするエリーゼの腕をカナメは掴む。
ここで終わりにしてはいけない。そんな感情がカナメにそうさせて。
「……っ」
振り向いたエリーゼの顔が一気に赤く染まる。
掴んだ腕が小さく震え、声の端にも震えが混ざる。
「な、ななな……なんですの!? わ、わわわ、私は」
「ごめん」
カナメは頭を下げ、エリーゼが何かを言う前に言葉を続ける。
「相談もせずに行って、ごめん。仲間なんだから、ちゃんと相談するべきだったのに。俺はそれを怠った。だから、ごめん。それに、心配もさせた。それも謝らなきゃいけない。ごめん、許してほしい」
「……」
カナメの謝罪にエリーゼは自分の腕を掴むカナメの手の指を一本ずつ優しく剥がすように払い、その手をそっと握る。
「でしたら、カナメ様。次からはしないと誓っていただけますか?」
「う。え、えーと……努力はする、けど。それしかないと思ったらまたやるかも。ごめん」
「まあ、それでは何も成長していないではありませんの」
「うぐっ。でも嘘はつきたくないし……」
実際、すぐに動かなければならない状況というものは今後もカナメの前に立ち塞がるに違いない。
そうした時に「相談しなきゃ動けないから」となってしまうのでは意味がない。
だから「絶対に相談する」という言葉だけの誓いをするわけにはいかないのだ。
「でも、努力はする。出来る限り皆に相談するし、そうやってもっと仲間になっていけたらと思う」
カナメのそんな答えに、エリーゼは少しの無言の後にふうと息を吐く。
「……不合格と言いたいところですが、まあ殿方を許して差し上げるのも女の器量ですわね」
「うっ、不合格なんだ」
「当たり前です。正直は必ずしも美徳というわけではありませんわよ? ……まあ、そこがカナメ様の魅力であることは否定しませんけれども」
「……アレって直さなくていいって言ってるんですかね?」
「しっ、茶化さないの」
「そこ、煩いですわよ!」
こそこそと囁きあっていたイリスとアリサにエリーゼは叫び、軽く咳払いする。
「ともかく! 次からはちゃんと相談してくださいましね!」
「ん、分かった」
カナメが頷くのを見て、エリーゼは満足そうに頷き返し……その表情を見て一安心したカナメの手を握るエリーゼの力が、突然ぐっと強くなる。
「……で、カナメ様。もう一つお聞きしたいのですけれど」
「え、な、何?」
「アリサとは一体どういう関係ですの」
その鬼気迫る様子に、どうやらこっちの方がエリーゼ的には本題であったらしいとカナメは悟る。
何故なら、先程と違って笑顔なのに怖い。誤魔化しを一切許さないとでも言うかのような本気の目が、カナメを捕らえて離さない。
「ど、どういうって……仲間だろ?」
「そうですわね。それで?」
「そ、それでって。俺を助けてくれた恩人だし」
「なるほど。それで?」
「ええ!? さ、さっきもそのネタでからかわれたけど、アリサとは何もないって!」
エリーゼはその言葉に少し考え込むと、ちらりとアリサに視線を送り……それからカナメへと視線を戻す。
「本当に? 仲間以上の関係ではないと、誓えます?」
「ああ、誓えるよ! 本当に何もないんだから!」
先程とは違いあっさり誓ったカナメにエリーゼは一瞬驚いたような顔をした後、手の力を緩める。
「……そう、ですか」
「な、納得してくれたんだよな?」
「というか……安心しましたわ」
「安心?」
きょとんとした顔を浮かべるカナメに、エリーゼは少しだけ恥ずかしそうな顔をする。
「だって。カナメ様とアリサがそういう関係でしたら、私はアリサと争わなければいけないでしょう? それは少し……はしたないですもの」
「あ、あはは」
恥ずかしがりながらも本気の目をするエリーゼに、カナメは乾いた笑い声を漏らす。
他にどういう反応を返せばいいか分からなかったからだが……これも自分の未熟故なのだろうか。
そんな事を考えながら……カナメは「そういえば」と話題を変えて逃げる道を選択した。
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