ひとまずの別れ

 帰りもまた竜鱗騎士で空を飛べば街までは一直線だが……色々とあったせいか、すでに夜はその役目を朝へと譲っている。

 カナメ達が森を抜けた頃にはすっかり朝で、ミーズの町が見えてきた頃にアリサが「そろそろ降りたほうがいいね」とカナメに呼びかける。


「え? でももうすぐ……あ、そうか」

「ほら、早く!」


 言われてカナメは竜鱗騎士達を地面に降ろし、当然抱えられていた者も皆地上へと降りる事になる。


「ま、妥当な判断ね」

「だよな。危ないところだった」


 そう、もうすぐミーズの町に着くが……今、ミーズの町は防衛戦を知らない者達もたくさんいる。

 そうした者達の上空を朝飛んでは、流石に騒ぎになってしまうし「あれは誰だ」とカナメ達を探す動きになりかねない。

 ミーズの町に防衛戦当時に居た者達だけであれば「ああ、飛んでるなあ」程度で済むほどに慣れてしまっているが、そうでない者にはそうはいかないのだ。


「とはいえ、コレどうするんですか? 此処に置いておくわけにもいかないでしょう」

「私が残って見張りをするという手もございますが」


 ルドガーのもっともな疑問にクシェルがそう提案し、しかしカナメは竜鱗騎士に触れた後に首を横に振る。


「……いや、必要ないよ」

「必要ないって。悪いけどそいつ等、見た目からしてあんまり普通じゃないわよ?」

「ああ。でもこうすれば問題ない……矢作成クレスタ!」


 唱えると同時に、カナメの手の中には一本の飛竜騎士の矢ドラグーンアローが出来上がる。

 やったことは単純で「竜鱗騎士を材料に矢を作った」という、ただそれだけだ。

 それだけだが……今までのカナメには思いつかなかったことでもある。

 おそらくは人型のものを矢に変えるということ自体が禁忌のようで、無意識のうちに排除していたのかもしれない。

 だがその真実はともあれ、カナメは次々に竜鱗騎士達を矢に変えていく。

 最後の一本を作り終えてカナメが「これで良し」と呟くと、アリサが「あのさ」と呟きながらカナメの肩をちょんと突く。


「……それ最初からやってれば、宿の庭はあんなことにならなかったんじゃ」

「いや、あの時は出来なかったんだよ……」


 ボソボソと呟きあう二人にダリアは手を叩いてそれを止める。


「はーい、内緒話しなーい。気になるじゃないの」


 ダリアは言いながらカナメの手元に視線を向け、矢を持つ手をぐいっと上向かせる。


「……こうして見ると、上質の魔法装具マギノギアだってのが良く分かるわ。ねえ、これカナメ以外の人間は使えるの?」

「え? ど、どうかな」


 言いながらダリアの手はカナメの矢に触れ……しかし、すぐに手を離す。


「ん、駄目ねこれは。軽く触っただけで拒絶される。魔力なんか流したら逆流起こしそうだわ」

「え、そうなのか?」

「なによ、今まで試したことなかったの?」

「え、あー……」


 カナメが軽く頭を掻くと、ダリアは小さく溜息をつく。


「そっちの赤い女が魔動人形ゴーレム動かしてたから、イケるかと思ったんだけど……そういう関係だっただけかあ」

「いや、違うから」

「ん? じゃあ身体だけの関係ってやつ? そういうのはちょっとどうかと思うけど」

「違うってば」

「はあ? じゃあ何なのよ。やることはやってるんでしょ?」

「やってないし誤解なんだって! 俺もどうしてかなんて分からないよ!」


 顔を真っ赤にして反論するカナメにダリアは首を傾げながらアリサへと視線を移すが……アリサのほうは涼しげな表情で肩をすくめるだけだ。経験上、こういう自分を隠す事に長けたタイプは真実だろうとそうでなかろうと絶対に口を割らないと判断したダリアは早々に追及を諦め「まあ、いいか」と呟く。


「短い付き合いだけど、カナメはそういう度胸無さそうだし。なんかこう、女は無害な花と思って近づいて頭からボリボリ食われるタイプね」

「……ひどい言われようだ」

「事実でしょ」


 言いながら、ダリアは町へ向けて歩きだす。


「まあ、女には気をつけなさいよ。カナメは騙されるタイプだから」

「そうですね。カナメ様は少々隙が多いですし」

「クシェルまで……」


 肩身の狭い思いをしながらカナメはもう一人の男であるルドガーの姿を探すが……そのルドガーは何処か遠くを見つめながら静かに目立たない場所を歩いている。

 つまり存在感をとことん薄めて巻き込まれないようにしているわけだが……その姿に未来の自分を見たような気がしてカナメは妙に物悲しくなる。


「ですから、カナメ様は聖国に向かわれるべきかと思います」

「へ?」

「聖国のヴェラール神殿にはメイドナイトやバトラーナイトが集まります。ハインツに頼るのも結構ですがアレはエリーゼ様のバトラーナイトですから、いざという時にはカナメ様の味方にはなりません」

「あー……でも、エリーゼから聞いたけど偉い人が雇いたがるくらいなんだろ? 俺、そんなにお金持ちじゃあないよ?」


 カナメも少し前にアリサから護衛の報酬の分け前を受け取ったが、雇うともなれば定期的に報酬を支払う必要がある。

 支払えるあてもなく雇ったところで、不幸になるのはお互いだ。


「私達は何より「人」を優先します。それが理解できない者が多いから、聖国に阿呆がいつまでもウロウロする羽目になるのですが」

「えーと……」

「後ほど紹介状をお渡しします。それで門前払いだけは防げるでしょう」

「あ、うん。ありがと……」


 クシェルの好意であることは充分に理解できるので、カナメは戸惑いながらもそう答える。

 そうして歩いているうちにミーズの町の門へと到達し、並んでいる馬車の横を通ってカナメ達は徒歩の者専用の小さな扉の前に立つ自警団員に会釈する。


「おお、これはこれは。何処かにお出かけだったんですか?」

「あ、はい。そんなものです」


 適当な愛想笑いを返しながらカナメ達は門を通り、ざわつく門の内側へと辿り着く。


「じゃあ、ここでお別れかしらね」

「あ、そっか。此処で馬車探すんだな」

「そうよ。乗り合い馬車だけじゃなくて商人の馬車も集まるからね。丁度いいのよ」


 ダリアはそう言って笑う。

 そう、門の中に入ってすぐは宿屋の集まる場所でもあるが、乗合馬車の待機所でもある。

 朝になれば馬の嘶きや車輪の音で目が覚め、慌てて宿を飛び出してくる旅人の姿が見えるのもこの場所だが……帝国行きの馬車を探すダリア達にとっては本当に丁度いいというわけだ。


「じゃあカナメ。近いうちに帝国に来なさいよ」

「か、考えとくよ」

「考えなくていいから来なさい。じゃあね」


 言いながら、ダリアはさっさと身を翻して去っていき……軽い礼をしてルドガーもその後を追う。


「……帝国、か」

「なにカナメ、行きたいの?」

「いいえ、行くなら聖国ですよ!」


 アリサがカナメの顔を覗き込むが、それを弾き飛ばしてイリスがカナメの正面に立つ。


「クシェルさんじゃないですが、聖国にはカナメさんの役に立つものがたくさんあるはずです! 是非行きましょう!」

「あ、うん。えーと、ほら。エリーゼにも相談しないと、さ? こういうのは皆で決めないと」


 そう、すでに「のけ者」にしてしまっているのだ。

 これ以上エリーゼ抜きで何かを決めたらきっとフォロー不可能になる。

 カナメは本能でそれを察して、宿への道を急ぐのだった。

 

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