帰還

 夜空を、骨の雨に混ざってカナメは落ちていく。

 選択した。

 レヴェルと他の人々を天秤にかけて、カナメはレヴェルを犠牲にする事を選択した。

 死神の矢レヴェルアロー。アレは肉体ではなく魂に干渉する矢。

 まともに攻撃の通じぬ肉体を持つ者であろうと殺す、生者必滅の矢。

 魂を持たぬ魔動人形ゴーレムには通じないし魂持つ者にも抵抗される可能性はあるが、あのクラートテルランにはまさに必殺。

 魔法で歪ませた命は脆く、押し付けられた死に為す術なく食い破られた。

 そう、レヴェルの言っていた通りにアレこそが今出来た唯一の手。

 それが間違っていたとは思わない。きっと、この選択は正しかった。

 ……だが、だからといって「これしかなかった」と納得するのが正しいともカナメには思えなかった。

 そこで納得してしまえば、きっと「次」があったとしても同じ結果にしかならない。

 だから。カナメは今日の選択を、忘れるつもりはなかった。


「……もっと、強くならなきゃ」


 今なら、今だから分かる。世界にはレヴェルの魔力が満ちている。

 だからまた、「彼女」ではないレヴェルに会うのかもしれない。

 その時にまた呆れられないように、犠牲にしないように……もっと、もっと強く。

 そんなカナメを助けようとするかのように、地上から一体の黄の竜鱗騎士が飛んでくる。

 骨の雨を弾き飛ばしながらカナメをキャッチした竜鱗騎士はそのまま地上へ降りていく。

 そう、降っているのはカナメだけではなく、あの竜巨人を構成していた大量の骨もだ。

 大小様々な骨が森に降り注ぐ様は、ちょっとした大惨事だが……地上を見下ろしてみれば、そこには小規模の物理障壁アタックガードを展開している黄の竜鱗騎士達と守られるダリア達……だけではなく、何故か佇む赤の竜鱗騎士が一体。

 そして半球状の大きな物理障壁アタックガードを展開するイリスの姿があり、その近くにはアリサがいた。

 何故二人が此処にいるのか。馬車でも相当に時間がかかるはずなのだが、まさか赤の竜鱗騎士が連れてきたとでもいうのだろうか?

 そんな事を考えながらカナメが地上に降りると、ダリアが駆け寄ってきてカナメの身体のあちこちをペタペタと触りほっとしたような顔をする。


「うん、生きてるわね。レヴェルに連れていかれた時にはどうなることかと思ったわよ」

「そんなんじゃないよ。彼女は俺を助けてくれたんだ」

「……そうみたいね」


 言いながら、ダリアはようやく骨の雨が止んだ空を見上げる。


「正直に言って、死んで当たり前の戦いだったわ。私達が死んで、炎の化け物となって王国に雪崩れ込んでいてもおかしくなかった」


 そう言うと、ダリアは微笑みながらカナメの胸元をトンと手の甲で叩く。


「貴方が一緒に来てくれたのは、正解だった。ありがとう、カナメ」

「……ああ。そう言ってもらえると、俺も嬉しいよ」


 そう、これもまた選択の結果。カナメが選んだ選択の、結果だ。


「さあ、ルドガー! あの二人の遺品を探すわよ! 特に装備品は絶対に回収!」

「了解です。とはいえ、この骨の山から探すのはちょっと大変ですよ」

「泣き言言わない!」


 言いながら辺りを探し始める二人を手伝おうかとカナメは歩きかけ、しかしその肩を背後から誰かがガシッと掴む。


「……酷いじゃないですか」

「え」

「私を置いていくなんて、酷いです。私の捧げた誓いをなんだと思ってるんですか」


 振り返るまでもなく、それはイリスの声で……カナメは冷や汗を流しながら「えーと」と呟く。


「ほら、えっと。時間もなかったし」

魔動人形ゴーレムで空飛んだくせに何言ってるんですか」

「それに、俺の勝手に巻き込むのもどうかってのもあったし。分かるだろ? こんな死ぬかもしれない場所に俺の我儘で連れてこれないよ」


 それは間違いなくカナメの本心だったが……イリスは深い溜息と共に、カナメを引き寄せて両腕でしっかりとホールドする。


「あのですね、カナメさん。よーく聞いてくださいね?」

「え、あ、ああ」

「主の戦いに参加できないのは騎士の恥、語り継がれるべき戦いに同行できないのは神官の恥。そしてこの両方が神官騎士の恥です。この時点で、カナメさんは私に三つの恥をかかせているんですよ?」

「それは、なんていうか……ごめん」


 カナメがそう答えると、イリスは頷き……しかし、カナメを離そうとはしない。


「素直で大変よろしいです。ですが、ここから先が大事です。四つ目ですが」

「頼られないのは仲間の恥、だね。カナメは私達を仲間だと思ってなかったのかな?」


 眼前に立つアリサに、カナメは反射的に「そんなわけない!」と叫び……しかし、すぐにトーンダウンする。


「……そんなわけ、ないだろ。俺は、本当に」

「うん、知ってる。巻き込みたくなかったんだよね」

「……ああ」

「ばーか」


 アリサはカナメの鼻を指で弾くと、呆れたように肩をすくめてみせる。


「仲間っていうのは、そうじゃないでしょ。いざという時に頼れる。それが仲間なんだよ?」


 逆に言えば、いざという時に頼る事が出来ないのは仲間ではない。

 カナメのやったことは「そう思っていた」と捉えられても仕方のない行動だ、とアリサは諭す。


「そんなつもりじゃないのは知ってる。カナメが穏やかとか優しいとか通り越して繊細なのは知ってるし、そんなんだから私達を気遣ったのも分かってる」


 防衛戦も終わったばかりだしね、とアリサは付け加えて……「それでも」とアリサは言う。


「それでも、カナメの選択は間違ってたって私は思う。私達の事を思うんなら、カナメは私達に一言「一緒に来てほしい」と言うべきだった」

「そうですよ、カナメさん」


 アリサの言葉に黙り込むカナメに、イリスが頷き続ける。


「私達、仲間なんですから。もっと頼ってください」


 微笑むイリスと、腰に手をあてて不満を表明するアリサ。

 そんな二人を前に、カナメは自然と「ごめん」と口にする。


「そうだよな……うん。確かに、間違えてた」

「分かればいいよ」

「ええ。あとは帰ったらエリーゼさんにも謝ってくださいね。すっごい怒ってましたから」

「え……あ、うん」


 泣かせてしまったかな、などという想像はすぐに吹き飛んで。

 フォローお願い出来ないかな、と言うカナメに二人は首を横に振って返事をするのだった。

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