唯一の道

 レヴェルに魔力を流す。その言葉の真意を測りかねているカナメの目の前に、レヴェルが静かに歩いてくる。

 隣ではダリアがカナメに何か叫んでいるが、その全てがカナメの耳を通り抜けていく。

 クラートテルランの罵声すらも聞こえない。


「私の手を取りなさい、レクスオール。元々貴方の手は万物に触れうる。反響に過ぎない私に触れる事だって可能なはずよ」


 言われるままに、カナメはレヴェルの伸ばした手に向かって自らの手を伸ばす。

 そこにしか無い救いを探すように伸ばされた手は、レヴェルの小さな手に確かに触れた。


「イメージなさい。貴方から、私に魔力を流すイメージを。それで全ては事足りる。何故なら、私は貴方から生まれた残響。貴方の死の運命。貴方のレヴェルなのだから」


 カナメの中から、魔力が勢いよく流れだしていく。

 何もかも吸い取られるような、そんな激しい魔力の消失。

 その全ては目の前のレヴェルに流れ込み……その「感覚」に、レヴェルは静かな笑みを浮かべる。

 同時に響く、息を呑むような音。

 そして……上空からも、警戒したような声が聞こえてくる。


「……おい、なんだその女。どっから出てきやがった」


 カナメ達のすぐ上までやってきていたクラートテルランの声は、ある意味で全員の気持ちの代弁であっただろうか。

 カナメが伸ばした手の先に、突然現れた黒い少女。

 カナメ以外の全員にはそんな光景に見えたし、その全員がその姿が「誰」を表すものかを想像できていた。


「私が誰かなんて、どうでもいいことよ。そうでしょう?」


 その黒い少女は……レヴェルは誰にでも聞こえる声でそう告げると、鎌を持つ手を上空へと掲げる。


「今必要なのは、たった一つの事実」


 レヴェルの鎌が輝き、放たれた黒い光がクラートテルランの巨体を飲み込む。


「貴方はもう、此処には帰ってこれないわ」


 黒い光はそのままレヴェルとカナメをも呑み込み……そのまま、カナメは薄暗い空間へと投げ出された。


「此処、は……」

「無限回廊よ」


 無限回廊。隣に立つレヴェルの答えにしかし、カナメは戸惑ったように周囲を見る。

 無限回廊とはもっと、万華鏡のような場所であったはずだ。

 だが、この場所は薄暗く周囲には何も映ってはいない。

 ……いや、よく目を凝らせば何かがぼんやりと映っているような気もするが……よく分からない。


「無限回廊って……こんなのだったか?」

「当然でしょう? 私は単なる反響。貴方の死の運命が生み出したレヴェルという形。本物のレヴェルでもなければ、生き物ですらない。無限回廊が映し出す未来なんてものは存在しないわ」


 それより、とレヴェルは話題を変える。


「私が合図をすれば、この場所とあの哀れな灯火のいる空間が繋がるわ。この場所でならば、ダンジョンに影響は出ない。そして、武器もすでに用意できている。さあ、これで貴方の死は回避される。準備なさい、レクスオール」


 そんなレヴェルの言葉に、カナメは疑問符を浮かべる。武器など何処にあるというのか。

 まさかレヴェルの鎌を使えとでもいうのだろうか?


「武器、って」

「貴方の目の前にいるでしょう?」

「レヴェルの鎌……ってことだよな」

「何言ってるのよ。貴方はレクスオールでしょう?」


 分かっていない様子のカナメにレヴェルは溜息をつくと、自分の胸元にカナメの手を触れさせる。


「私を矢にしなさいと言っているのよ」

「なっ……!」

「言ったでしょう? 私は貴方の死の運命。貴方の魔力とレヴェルの魔力が混ざって出来た、ただの反響。それでも、私の中には確かにレヴェルの魔力が……レヴェルの力がある。だから、私を使えば死の神であるレヴェルの力を持った矢になる。簡単な理屈じゃないの」


 レヴェルの言葉が正しいことは、レヴェルに触れた事でカナメにも理解できてしまっている。

 目の前のレヴェルからは、レヴェルの言う通りの矢が作れる。

 そしてそれは恐らく、あの竜巨人と化したクラートテルランにも通用する。

 だが、それは。


「消えるんだぞ……君が」

「何の問題があるのかしら。むしろ、喜ばれるべき事よ」


 死の神レヴェルが見えることは、通常不幸であるとされる。

 当然だ。レヴェルが見えるということは死が近づいている事と同義であり、だからこそカナメもあの夜は宿から逃げ出したのだ。


「私なんて、本来は見えないほうがいいのよ。そもそも生き物でもないんだから、迷う必要なんて何処にもないわ」


 確かに、触れても鼓動は聞こえない。生き物には必ずあるはずの体温もない。

 だが、それでもカナメは何度も助けられてきた。

 そんなレヴェルを最後は武器にするという行為に、カナメの中の良心が全力でブレーキをかける。

 それはダメだと、カナメの中で叫び吠える。

 

「他に、何か方法が」

「無いわ。唯一の道だと言ったでしょう?」


 レヴェルはそう断言すると、カナメの手を握りしっかりと自分に押し付ける。


「生きる事は選択の連続よ、レクスオール。これもまたそうだというだけの事。さあ、決めなさい。無駄に死んで世界も滅ぼすか……それとも、此処で世界を救うのか」


 その言葉と同時に無限回廊が動き、回転し、広がり……ガコン、という音を立てて何処かに繋がる。


「見つけたぞテメエ……ふざけやがって、死ね!」


 その繋がった「先」に居たクラートテルランが息を吸い込み、全身の炎が輝きを増す。

 アレを放たれたら、カナメは恐らく死ぬ。そうしたら、アリサも、エリーゼも。


「……矢作成クレスタ死神の矢レヴェルアロー


 カナメの手の先で、レヴェルの姿が光の粒子になって消えていく。

 代わりに現れたのは黒い……鎌にも似たやじりを持つ、一本の矢。

 それを、黄金の弓に番える。

 視界をクラートテルランの放つ炎が覆って。カナメの放った矢が、その炎を切り裂きクラートテルランの……竜巨人の中にあったクラートテルランの本体……「ソウルトーチ」の魔法を構成する原因に死を叩き付ける。

 声もなく竜巨人の巨体はバラバラの骨になって散らばって。

 薄暗い無限回廊は回転し、カナメと骨を「外」へと放逐した。

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