炎の竜巨人

「何、あれ……あんなのもアリなの!?」


 巨大な炎のドラゴンと人の中間のような姿……仮に炎の竜巨人と名付けるならば、その姿は先程まで相手していた炎の化け物達とはまるで違う。

 先程までのが物量であったとするなら、これは質。


「……ダリア」

「え、なっ……」


 気づけば、周囲には炎の邪妖精イヴィルズや獣達がカナメ達を取り囲むように現れていた。

 まるで森の生き物、死体……その全てを炎に取り込み配下としたとでもいうかのような、その数。

 完全に砕かねば他に取り込まれ、あるいは再生するソレ等は普通のモンスターと比べても格段に厄介なのは間違いない。

 加えて、空の炎の竜巨人。こんなものを、一体どうしろというのか。


「……ルドガー。さっき私がやったやつ、出来る?」

「申し訳ありません。正しい帝国流を修めているもので」


 茶化すようにルドガーは答えるが、それは精一杯余裕ぶった末のものだ。

 実際にルドガーはそこまでは出来ないし、その上でダリアはもしかしたらと聞いてみただけだ。

 そうなると、残りのダリアの魔力で大規模攻撃が不可能な以上……残る手札は未知数のカナメと破壊の魔眼を持つクシェルだけということになる。

 だが、クシェルの破壊の魔眼ではあの巨大な化け物は流石に倒せないだろう。

 ならばとダリアはカナメに視線を向け……そこで、カナメが竜巨人を見上げていることに気付く。


「カナメ……?」

「アイツ……こっちを見てる」


 アイツ。それが竜巨人の事だと気づき、ダリアも空を見上げ……その強烈な殺意を込めた視線に射貫かれゾクリと背筋に寒気が走る。


「クソ人間に帝国のクソ共……よくもまあ、これだけクソが一所に揃ったもんだぜ」


 竜巨人の嘲笑するような声にダリアは驚愕と共に疑問符を浮かべ、カナメはその聞き覚えのある声に気付き「その名前」を口にする。


「クラートテルラン」

「ハッ! 覚えてやがったか」

「忘れるわけないだろ」


 あの夜、自分とエリーゼを襲った男。忘れられるはずがない。

 だが、あの姿はいったい何だというのか。


「意外にとんでもねえ男だったんだな、お前。レッドドラゴンを倒したのも、その肉を食らったアホ巨人ゼルトを倒したのもお前だったとは恐れ入ったぜ」

「驚いたのはこっちだ。その姿、なんだよ!」


 カナメの問いかけに炎の竜巨人と化したクラートテルランは笑い声をあげ、周囲を焼き尽くすような巨大なファイアブレスを吐く。

 それはカナメ達の頭上を通り過ぎ、木々を焼いてその奥へと着弾する。


「あっつ……!」

「うあっ」

「チッ、イマイチ狙いが定まらねえな」


 直撃せずともチリチリと肌を焼くような熱さにダリア達は蹲り、それでもカナメは立ったままクラートテルランを睨み付ける。


「で、だ。なんだよって、そんなもん。お前等を殺す為に決まってるだろ?」

「……出来ると思ってるのか」

「出来るさ。お前のその矢の威力は、この材料のドラゴンの記憶の中にある。さっきもくらってみて理解した。ソレじゃ、俺は倒せねえ」


 なるほど、確かに生き物ならば一撃で致命傷になるであろうカナメの弓神の矢レクスオールアローも、粉々にしなければ復活するような巨大な敵相手では倒し切るには至らない。

 かといって、あの巨体を一撃で爆散させるような矢となると……どれ程の魔力を使うのかカナメにも予測できない。

 だが、それでもやる必要がある。今此処でやらなければ、きっと止められない。

 だから、カナメはあの竜巨人のクラートテルランを殺せる矢をイメージしようとして。


「やめなさい」


 その喉元に、巨大な鎌の刃が突きつけられる。


「それを使うには、今の貴方では不充分よ。魔力放出の限界を超えて死ぬ。命を無駄にしたいの?」

「レ、レヴェル……?」


 そう、カナメの背後から聞こえるのは間違いなく死の神レヴェルの声。

 カナメにしか見えないはずのレヴェルの鎌は確かな質感を持って突きつけられており、カナメの中に浮かぼうとしていたイメージは霧散する。


「いいかしら、レクスオール。アレはソウルトーチと呼ばれるモノ。モンスターの中でも上位の個体がゼルフェクトに捧げる灯火。ゼルフェクトを呼ぶ道標。派手に殺されてゼルフェクトにその命の散華を捧げる為の歪んだ魔法。ゼルフェクトが蘇ることはなくとも、この地のダンジョンに何か致命的に悪い影響が起こる可能性があるわ」

「ハッ、どうしたクソ人間! 諦めちまったか⁉ なら殺してやろうか!」

「挑発にのったらダメよ。アレはたぶん、もう殺されようと殺そうとどっちでもいいのよ。どっちでも世界は結局破滅に向かうのだから」


 だが、それではどうしたらいいのか。

 殺すのはダメ。だが殺さなければカナメ達が殺される。

 ならば致命的な影響とやらが出てもクラートテルランを殺すしかないが……そうすれば、カナメが死ぬ。


「……どうしたら、いいんだ」

「カナメ……貴方、さっきから「誰」と話をしてるの?」


 レヴェルの姿も見えず声も聞こえないダリア達が、そんな声をかけてくる。

 だが、カナメにそれに答える余裕はない。

 どの道を選んでもカナメは死ぬ。ならば一体、どうしたら。


「道は一つだけあるわ、レクスオール」


 鎌を引き、カナメの背後からレヴェルは囁く。


「私に貴方の魔力を流しなさい、レクスオール。そうすれば、その唯一の道を開いてあげる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る