俺が決めた

「ご、誤解です! そういう意味じゃなくて!」

「うっさい! ていうかなんで全然効いてないのよ!」

「ダリア、落ち着いて!」


 ルドガーがダリアを羽交い絞めにしている間に、吹き出していたハロが涙を拭きながらカナメの肩を叩き口を寄せる。


「……レヴェルの事でしょ? アイツには私達よりも長く見えていた。ということは、ひょっとすると今夜ヤバいかもしれない……だから少しでも違う行動で死を遠ざけようとしている。違う?」


 周囲ではやはりレヴェルが見えた者達がいるらしくザワついており、カナメ達を気にする者など一人も居ない。

 そしてついでに言えば、カナメには今もレヴェルが見えているのだが……カナメは静かに頷く。


「たぶんですけど、ダリアさん自体に他とは違う何かがあるんです。それは場所かもしれないし……だから」

「そうね。私にも見えたから、王国の誰かが暗殺者を放ったという話でもないでしょうし。ていうか、見たの初めてよ私。意外にゾッとするものね」

「酷い言われ様だわ。私が殺しているわけでもないでしょうに」


 レヴェルが不満そうに呟くが、当然ハロには聞こえていない。

 だが少なくともカナメとハロの呟きはダリア達に聞こえたようで、二人の視線がカナメに突き刺さる。


「場所、ですか。なるほど? しかし今から新しい宿を探すのは難しい。それに……どうも周囲の状況を見るに、この町から離れたほうがいいようにも感じますが」


 ルドガーの意見はもっともだ。

 周囲の人間にも死の神レヴェルが見えている以上、この町に再び何かが起こる可能性は高い。

 ということは、確かにこの町を離れるのが最良の解決方法に思えるが……ダリアはルドガーの手を振り払い睨み付ける。


「フン、そうね。この町から離れるっていうのは賛成よ」

「……ダンジョンは確保したって言ってたわよね?」

「ええ、そうよ。帝国規定で「安定」とされる域まで殲滅したわ。念の為、二人見張りも置いてる。これ以上の何かが起こることなんて有り得ない」


 安定、というのはダンジョンからモンスターが出てこない状態を示している。

 放置されたダンジョンは「決壊」を起こすが、中で一定期間にある程度の戦闘行為を行っているとその状態にはならなくなる。

 これが所謂「安定」した状態だ。何故そうなるのかは分からないが、ダンジョンがこの法則から外れたことは過去一度もない。

 ならば、ダンジョンからモンスターが再度溢れ出るという事態ではないだろうとハロは結論付ける。

 となると考えられるのは「侵攻」に参加しなかったモンスター達による襲撃だが……それとて、「侵攻」程の被害が出るとは思えない。


「……そうね」

「だから私とルドガーが今やるべきなのは、ダンジョン付近にいる仲間の安全確保。そうした後、速やかにこの場所を離脱する。これ以上王国の騒動に巻き込まれない為にね。それで全部終わりよ」


 なるほど、ダリアの言葉には一切の無駄も矛盾もない。

「場所」が原因であるならば、速やかに場を離れるのは鉄則だ。

 ダンジョンに原因がなく安全確保が出来ているのであれば、そこに行くのは問題ないと考えることも出来る。

 むしろ不安要素があるとすれば、そこ以外。「確実に危険と思われる」この町を離れるというダリアの言葉は、もっともなのだ。


「確かにそうだわ。なら……」

「俺も行きます」


 ここでお別れね、と言いかけるハロの言葉をカナメが遮る。

 再度ダリアの腕を掴み、そのまま引き寄せる。


「は? 行くって」

「それも込みでの危険度かもしれません。なら、俺も行かなきゃ」

「意味分かんないわ。なんで貴方が行かなきゃいけないの?」


 そう、カナメがこれ以上ダリア達に関わる理由はない。

 ないが……なんとなく、此処でダリア達と別れてはいけないと思ったのだ。

 それは直感に近い何かかもしれないし、あるいはただの心配性かもしれない。

 レヴェルに言われた事が、尾を引いているだけかもしれない。

 だが、「此処でダリア達から目を離したくない」という想いがカナメの中で確かに強くなっていた。

 

 そして思い出すのは、この世界に来てから……今までの事。

 いつだって突然で、いつだってすぐに行動しなければ間に合わなかった。

 ならば、きっと今回も。今この場で押し切らなければ、きっと後悔する。

 だから、カナメは「行く」と決めた。


「……これ」


 カナメは懐から、ダリアに貰った紋章を取り出してみせる。


「これ、貰ったから。ダリアさん達には、確実に帝国に帰ってもらわないと困るんです」


 そう、それはダリアがカナメに便宜を図るように頼んでいる、という意味を持たせることのできる紋章。

 当然ながらそれはダリアが死ねば単なる装飾品にしか過ぎなくなるが、カナメはそれを知っているわけではない。

 だが知らずとも、カナメはそれを説得の武器にした。なんでもいいから繋がりを其処に求め、それは正解だったというだけの話。

 それでも、ダリアはカナメをじっと見つめ返し……やがて、諦めたように息を吐く。


「いいわ。仲間を回収したら貴方をこの町まで送り届け、然る後に私達は森を通らない別ルートで帝国へ帰還する。これが考えうる最良よ。これでいい?」

「……はい」


 頷くカナメにダリアは「じゃあ離しなさい」と言ってカナメの手を振り払い、その様子を見ていたハロが頬を搔く。


「流石に私はついていくわけにはいかないわ。カナメ、貴方の仲間はどうするの?」


 ハロの問いにカナメは少し考えた後、首を横に振る。


「俺が勝手に決めてやることだから。巻き込めないよ」

「そう。なら私から「ちょっと出かけるけど戻るから心配するな」と言ってたって伝えといてあげる。それでいい?」

「ああ、それでいい」

「決まったなら、とりあえず私達の宿に行くわ。装備をとってこないといけない。あ、それと此処から敬語は無しよ! 一応仲間なんだから」

「え、でも」


 ルドガーを見るカナメにダリアは「こいつは嫌だって言うのよ」と溜め息をつく。


「さあ、行くわよ!」


 ついてきなさい、というダリアにカナメは小走りで近寄り……その背中に、ハロが声をかける。


「カナメ、私の代わりにクシェルをつけてあげる。男なら、一度決めた事はしっかり果たしてきなさい」

「ありがとう、ハロ」

「ええ」


 走っていくカナメ達を見送ったハロは自分も酒場の外へと出て。そこで「クシェル」と呟く。


「……はい、此処に」


 夜闇の中から現れるクシェルと同時に、ハインツもその近くから現れる。


「……呆れたわ。ハインツまで来てたの」

「お嬢様の事を思えば当然の行動です」

「まあ、いいわ。クシェル、カナメのサポートを。ハインツは私のじゃないから手伝えとは言わないわ。でも、カナメの邪魔だけはしないでちょうだい」

「意味が分かりかねますが」


 邪魔などするはずがない。

 むしろハインツのするべき行動としてはエリーゼ達に知らせた上でのカナメのサポート……勿論エリーゼの指示があれば連れ戻す事も視野に入れるべきではあるが、ハロ……ハイロジアは「どちらもするな」と言っているようにハインツには聞こえたのだ。


「これはカナメの決めた、カナメの戦いよ。私には分かる。だから、邪魔なんて許さない。いいえ、邪魔をしても彼が本物なら乗り越えるかもしれない。でも、どうせなら……」


 どうせなら、それをサポート出来る位置に居たい。

 もっと言えば、自分もクシェルに任せずカナメと一緒に飛び込みたい。

 だが……流石にそれをするわけにはいかない。


「王女という地位を邪魔に感じたのは、今日が初めてだわ」


 そう呟くと、ハイロジアは歩き出す。


「それに、「英雄」さん達にはこの町の住人の不安を鎮めるために手伝って貰わないといけないわ。根拠のない予感に何人も割いてる暇はないの。ほら、分かったら行くわよハインツ!」

「……はい」


 ハインツはその言葉には逆らわず、ハロの後ろをついて歩き始めた。

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