真夜中の出撃

 ミーズの町の一角にある、金毛馬の髭亭。

 この町にある宿屋の中では高い方に位置する宿であり、その値段故に部屋に空きが残っていた宿でもあった。


「……貴方も物好きよね」


 重たそうな金属製のブーツを履きながら、ダリアはそう呟く。

 ルドガーに自分はいいから手伝ってあげてほしいと言われてカナメはダリアの部屋に来ていたが、実際にはほとんど手伝えるようなことなどない。

 カナメに出来ることは重たげな鎧の各部分を渡す事であるが、専門用語で言われてもカナメはサッパリ分からなかったりする。

 だから、すでにダリアからの指示は「あれ」とか「それ」になっている。


「物好きって……」

「物好きでしょ。より危険な方に来るなんて、普通の奴はしないわ。あ、次はそれよ。その丸いやつ」

「えっと。これ?」

「そう、それ」


 ダリアはカナメに渡された腰鎧を固定し、具合を確かめる。


「そんな事言われても、なあ……あの場で放っておくなんて出来なかったし」

「ふん。貴方、英雄とか言われて調子にのってるんじゃないの?」

「調子にって……」

「のってるでしょ」


 反論しかけたカナメを視線で黙らせると、ダリアは胸部鎧をとるようにカナメに伝える。


「……調子になんか、のってない」

「のってるわよ。あの場ではああ言ったけど、もし英雄気取りで私達を助けようとか思ってるんだったら、やめたほうが無難よ。そういう奴はすぐ死ぬから」


 ガチャガチャと音を鳴らしながら胸部鎧をしっかりと着込み、腕部鎧とガントレットを着ける。

 立てかけてある剣を着け、灰色のマントを纏う。


「私達の助けになろうと思っているんなら、まずその「助けよう」という思考を捨てなさい」

「……」


 無言のカナメの胸元を軽く叩き、ダリアはその目を正面から見つめる。


「戦う者に必要なのは、救世主じゃない。共に戦う仲間だけよ。それとも貴方は、他人を上から見下すのが趣味?」

「そんなわけない……!」


 睨むカナメに、ダリアはニッと笑みを浮かべる。


「そう。なら一時的に、だけど私達は仲間よ。頼りなさい、そして頼られなさい。そんな無駄に気負った顔をされても、こっちが迷惑よ」

「気負った……顔?」

「ええ。俺がやらなきゃ、みたいな顔してたわよ。やる気満々なのは結構だけど、そういう自分を追い詰めて出る力はあっさり萎む。それでいて妙な尖り方をしているから、本当にあっさり死ぬ。新兵にありがちな死に方ね」

「う……」


 反論できるような言葉は、カナメの中にはない。ダリアの言っている事は正論だし、「自分がやらなきゃ」と思っていた事も事実だ。

 だから、カナメは素直に頭を下げる。


「……ああ、ごめん。確かに、調子にのってたと思う。でも本当に助けたいんだ」

「なによ、強情ね」

「ごめん。俺が色々足りないのは分かってるし、誰かに助けられなきゃダメな奴なのも分かってる。でも「助けたい」っていう気持ちだけは捨てられない」


 頭を下げて言うカナメに、ダリアは頬を軽く掻き……カナメの頭を強めに叩く。


「うおっ……!?」

「それでいいわ。救世主気取りじゃないのは分かったから。むしろ……」


 言いかけて、ダリアは思い出したように盾を手に取る。


「むしろ、なに?」

「なんでもないわ。それより行くわよ。何が起こるか分からないから、急がないと」

「あ、ああ。馬か何かで行くのか?」

「出来れば馬車を買いたいわね」


 言いながら、ダリアはガシャンと重そうな音を鳴らして歩く。


「それにしても、それ重いんじゃ……」

「詳しくは機密だから言えないけど、問題ないのよ。さ、行くわよ」


 カナメの目から見ると相当な魔力を放っている鎧だが……恐らくは、何かの魔法がかかっているか魔法装具マギノギアであろうのだろうと予想する。

 聞いても答えてはくれないだろうとカナメはそれ以上聞くことはせずにドアを開け……するとそこには、同じような装備を纏ったルドガーの姿があった。


「ああ、準備は出来たようですね。では行きましょうか」


 ルドガーに先導され宿の外に出ると……そこには一人の鎧を纏ったメイドが佇んでいた。

 それがあのクシェルというメイドナイトだとカナメが気づき声をあげるより前に、クシェルは優雅な一礼をする。


「メイドナイトのクシェル、私の主であるハイロジア様の命により参上いたしました」

「いらないわ。そんなものでダンジョンの借りを返した気になられても困るのよ」


 即座にダリアはそう返して追い払うように手をパタパタとさせるが、クシェルは気にした様子もなく続ける。


「それならばご安心ください。ハイロジア様が「貸す」のは、カナメ様にですので」

「ええ、俺!?」

「はい。私はカナメ様のサポートをするように申し付けられております」

「そ、それこそ怖いよ! 俺もいらない!」


 そんな堂々と貸しだと言われて受けられるはずもないが、クシェルの方は首を傾げるだけだ。


「いらないと言われましても。無理矢理にでも力を貸させていただきますのでご了承ください」

「帝国に貸すってことでないならいいわ。行きましょ」

「ええ、ちょっと!」

「カナメ様」


 歩き出すダリアとルドガーを追おうとしたカナメをクシェルは呼び止め、何かの入った袋を差し出してくる。

 一体何かと袋を開けたカナメは中身を確かめると「あっ」と声をあげ……慌てて二人を呼び止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る