夜、町中にて

 夜だというのに、ミーズの町は異様な活気に満ちている。

 あちこちに露店が立ち並び、スープや焼き物の湯気が辺りに漂っている。

 かといって食べ物の露店ばかりというわけではなく、カナメが朝市で見たようなアクセサリーや武器を売る露店も多い。

 夜市と呼ばれるこれはあまり一般的ではない。何故なら煩くて睡眠妨害になるからだが……人が多くて酒場も対応しきれなくなる時期だけは、黙認という形で開かれたりする。

 ミーズの町は今がまさにそれで、そうした食べ物の露店に混ざって武器類を売る露店もあるというわけだ。

 

「いらっしゃい、いらっしゃーい! 良質な武器が安いよ! お、そこのお兄さん。剣どうだい、剣!」

「見てくれこの鎧! かのエイシェンの町で名を馳せた名工エランの手掛けた……」


 色々な呼び込みの声も聞こえてくるが、実際に足を止めている者もいるから商売にはなっているのだろう。

 しかし全体的にいえば食べ物系の露店で足を止めている客の方が多く、そんな中に混ざってカナメとハイロジア……もといハロも歩いていた。

 こうして色々な食べ物の露店が道の両端に並ぶ様はまるでお祭りの夜のようで、なんとなく懐かしい感覚をカナメの中に呼び起こす。


「凄い活気だなあ……」

「そうね。こんな規模の夜市は中々ないわよ」


 露店の前で立ち食いをしている人達の顔にも一様に笑顔が浮かんでいるが、服装を見る限り町人ばかりというわけではなさそうだった。

 たとえば串焼きの店の前にいる二人の男だが……一人は厚手の布の服に薄汚れた金属鎧、腰には長剣。ブーツも相当使い込んでくたびれた感じがある。

 もう一人は、やはり厚手の布の服と革の鎧を着こんだ身軽そうな男。ナイフをぶら下げているのを見る限り、彼も冒険者であるのだろうが……剣士らしき男の方と比べると全体的に綺麗で、見た目に気を使っているのだろうことが窺える。

 反対側のスープの露店の前にいるのは、布のローブを着て大きな木の杖を背負った男。

 こちらはエリーゼと同じ魔法士なのだろうが、「いかにも」といった服装だ。

 カナメの横を通り過ぎていくのは大剣を背負い頑丈そうな金属製の胸部鎧を纏った男……と、冒険者だらけといってもいい。


「……冒険者ばっかりだ」

「行商人の護衛やってた連中でしょうね。で、これからはダンジョンで一稼ぎ狙いってところかしら」


 冒険者ギルドはきっと盛況ね、と言いながらハロはカナメの手を引いて進んでいく。

 カナメはハロに手を引かれるまま、冒険者達をじっと眺める。

 どの冒険者も、カナメよりもずっと……ひょっとすると、アリサよりもベテランの冒険者も混ざっているかもしれない。

 使い込んだ武具はそんな経験を窺わせたし、護衛に雇われるだけの実力もあるのだろう。


「あんまり見ちゃダメよ、カナメ。喧嘩売ってると思われるわ」

「あ、ああ」

「それに何を思ってるかも大体分かるけど、それは無茶ってものよ。彼等の命は商売道具なんだから」


 そう、それはカナメも聞いている。

 冒険者は身体と命が商売道具だ。

 金と引き換えに命をかけて身体を張るのが仕事であり、だからこそ金にならないことには動かない。

 そのまま町に残っていれば無料で命をかけなければならないという状況になれば、金になる商人の護衛になってしまうのは当然の流れなのだ。


「戦場で英雄になることは誰にでも出来る。でも、そこに自分から飛び込める人間となると……これが中々いない。何故か分かる?」

「お金にならないから、だろ?」


 そんな答えを返すカナメにハロはそうね、と笑って返し……「でも」と続ける。


「私は、こうも思うわ。「本当の英雄ではないから」だとね。きっと英雄にもランクがあって……自分から飛び込める人間の中から、本当の英雄が生まれるのよ」

「自分から飛び込むだけじゃ足りない、ってこと?」

「足りないわ。それじゃただの戦闘狂と区別がつかないもの」

「あー……」


 なんとなく納得しながら、カナメはハロの隣を歩くが……そこでハロが楽しそうな顔で自分を見ているのに気付いて、きょとんとした視線を向ける。


「えっと……?」

「自分の事だとは思わないのね?」

「……俺は、状況に流されてるだけだから。きっと、自分で決められた事のほうが少ないよ」

「ふうん?」


 ハロは何が楽しいのかクスクスと笑いながらカナメに体を寄せ……腕を再び絡めてくる。

 自分をからかっているだけだ、と理解しつつもカナメは微かに顔を赤くして。


「あー、そ、そういえば。何処に向かってるんだ?」

「そうねえ。この辺り、美味しいお酒を出す酒場があるらしいのよ。そこ行きましょ?」

「俺、お酒はちょっと……」

「ジュースもあるわよ。ほらほら、急ぐわよ。あの子に気づかれたら面倒だもの」


 あの子、というのは間違いなくエリーゼのことなのだろう。

 眉をつりあげて怒るエリーゼの姿が目に見えるようで、カナメは帰りたくなってきたが……どうにもハロには逆らえそうにもない。

 カナメが押しに弱いのかハロの押しが強すぎるのかは議論を必要とする所だとカナメは思うのだが、是非とも後者であってほしいと。

 カナメは、そんなどうでもいいことを考えていた。

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