ハイロジア王女との会談5
王国側の戦力。それが誰を意味しているのかは……まあ、考えるまでもないだろう。
「えーと……それって、もしかしなくても俺達ですよね」
「そうよ」
「ちょっと、お姉さま。カナメ様の手柄を王国で横取りするつもりですの?」
「そうは言っていないわ。最後まで聞きなさいな」
ハイロジアは溜息をつくと、「いいかしら」と前置きする。
「今回の件に対応したのはシュネイル男爵家の騎士団と、このミーズの町の自警団。冒険者としては貴方達……で、王族からはエリーゼ、貴女がいるわ」
「私はそんな……」
「いいから。その中で大きな手柄をあげたのは、カナメと……敵の首魁らしき相手を討ち取った女冒険者……えーと、アリサ? の二人ね」
ハイロジアの視線がアリサに向けられ……アリサは「どうも、アリサです」と適当な挨拶をする。
「この事実を曲げるつもりはないし、曲げてもいけないものよ。問題は貴方達二人がどの立場にたってこの件に関わったか、ということなの」
「どの立場って……」
「そうね。たとえば貴方達が帝国の人間として戦ったんだという話であれば、交渉のテーブルの上で貴方達の手柄は「帝国が王国に売った恩」としてのせられる、と。そういうことよ」
つまりカナメ達がどういうつもりであったかはさておかれ、どういう立ち位置であったかによって国家というグループがそれを功績として取り合う現状だということなのだろう。
「誤解しないように再度言うけど、私は貴方達から功績を取り上げるつもりはないわ。私が狙っているのは「王国の冒険者がダンジョン決壊と侵攻という危機に立ち上がり、これに大きな成果をあげた」というカードよ。これがあるとないでは相当違うの」
「まあ、そうでしょうね……」
「でも」
納得しかけたカナメだったが、そこでアリサが口を開く。
「それを受け入れてしまうと、私もカナメも「王国の紐付きの冒険者」として帝国に理解されますね。今後帝国に目をつけられることになりますし、むしろそれも狙っていませんか?」
「……否定はしないわ」
アリサの指摘にハイロジアはアッサリとそう答える。
侵攻からの防衛戦に多大な成果をあげた王国の冒険者。
そんなものが王国の紐付き……つまりなんらかの支援を受けている冒険者でないと帝国が考えないわけがない。
となると、今後アリサやカナメが帝国に入国しようとした際にはその情報は即座に帝国内で共有されるだろうし、なんらかの諜報員の監視を受ける可能性もある。
それは正直、大きなデメリットだ。
「正直に言えば、私は王族として貴方達を王国内に留めたいわ。貴方達の力を直接見たわけではないけれど、報告通りなら冒険者の中でもトップクラスのはずよ。どうして今まで私達の耳に入らなかったのか不思議なくらい」
「……」
カナメはなんとなく目をそらし、アリサは無言のままだ。
アリサはともかく、カナメは最近「来た」ばかりなのだ。無名なのは当然といえる。
だが確かに……アリサが何故無名なのかは、カナメも気になるところだ。
「……私は、冒険者をするには少しばかりハンデのある身体でして。その辺りが無名の理由でしょうね」
「え」
「あら、そうなの? そうは見えないけど……まあ、今は関係ない話ね」
ハイロジアは深く突っ込まないままに話題を元に戻す。興味がないわけではないが、個人の事情に深く立ち入らない事を選んだ結果だ。
王族の権威を振りかざし聞こうとすることも出来るが、それをする事による心象の低下を考えれば当然の対応でもある。
「あー……」
だが、そこでイリスが軽い咳払いをする。
「お忘れのようですが、今回の件は聖国も関わっています。蚊帳の外に置くのはやめていただきたいですね」
イリスの服はいつもの神官服であり、周りの騎士達からも注目を集めているが……それがハイロジアの目に入っていなかったはずもない。
「知ってるわ。聖戦規定を持ち出したそうだけど、あんな伝説レベルの協定を持ち出してくるとは思わなかったわよ」
「協定ではなく盟約です。軽く扱わないように願います」
「ええ、そうね。で、わざわざ話題に入ってくるという事はもしかして、聖国が今回の件を収めてくださるのかしら?」
ハイロジアの少し嫌味の混じった言葉にイリスは「お望みなら」と答える。
「聖国は、今回の件を聖戦に至る戦いの一つと認定しています。これは全ての国が利害を超えて立ち向かうべき事象であり、それによる責任云々を問うのは愚かしいと言わざるを得ません」
「立派な言葉だわ。簡易的とはいえ帝国皇帝から権限委任を受けている代理人にソレを貴女が言えるならたいしたものよ。貴女、一介の神官騎士なんでしょう?」
確かに、イリスは聖国の代表者というわけではない。だが相手は帝国の正式な代表者なのだ。
王族であるハイロジアならばともかく、「ただの神官騎士」では交渉のテーブルにあがる資格はない。
「確かにそうです。ですが、聖戦規定による認定自体は有効です。この件はすでに聖国へと使者も出ており、記されるべき事象に値するかの査察も行われる事でしょう。その事実を突きつければ、帝国も引くのでは? その代理人とやらも如何に皇帝から委任されているとはいえ、聖国に睨まれてもいいと許可を受けたわけではないでしょう」
「そうして聖国は王国に恩を一つ売るというわけね。気に食わないわ」
「御冗談を。それではまるで聖国が何らかの見返りを期待しているようではないですか」
ハイロジアとイリスはしばらくの間睨み合い……やがて、ハイロジアが深い溜息をつく。
「……まあ、いいわ。確かにそうした方が波風をたてずに済むし、私も貴方達に嫌われずに済むわね」
「ええ。帝国に睨まれるのも聖国です。そして、そうなるのが聖国の役目ですから」
「なら、その件はそれでいいわ。後は私の仕事」
笑顔のイリスにハイロジアは答え……少し冷めたお茶を一口飲む。
「で、カナメ。別にエリーゼのものというわけではないのでしょう? 私に同行して鍛えてみない? かなり見込みがあると思うのよ」
「お姉さま!」
立ち上がってキンキン声でハイロジアに抗議を始めるエリーゼがカナメの腕を引っ張って帰ろうとし……ハイロジア王女との会談は、そうして終わるのだった。
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