ドアを開けたら

「……」


 目の前で頭を下げる誰かに、カナメは動きを止めたまま目だけを動かしてその姿を見る。

 髪の色は、濃い黄色。どちらかというとオレンジ色にも似ているだろうか。

 髪はきっちりと短く切り揃えられていて、しかし短すぎるというわけでもない。

 目の前で姿勢を正しスッと立つ姿は美しく、やはり切り揃えられた髪の下には細く綺麗に整えられた眉が見える。

 髪と同じ色か、やや濃い黄色の瞳は何処となく眠そうにも見えるが意思の光はハッキリと宿っている。

 全体的に言えば可愛らしいのだが……そんな事よりも、カナメの視線は少女の格好に釘づけだ。

 着ているのは、一般的に言うメイド服……に似ている黄色の服。

 しかもメイド服のような服の上から着ているのは、黄色の胸部鎧だ。

 どう見てもメイドのようでメイドではない少女だが、頭に乗っているホワイトブリムのようなものが「メイドかな」とカナメに認識させているにすぎない。


「えーっと……」

「申し遅れました。私、とある方にお仕えしておりますメイドナイトのクシェルと申します」

「メイドナイト」


 壊れた機械か何かのように繰り返しながら、カナメはなんとなく納得したようなそうでもないような……微妙な気持ちになる。

 ハインツが……バトラーナイトなどという職業があるのだから、メイドナイトと何処かで会うであろう事もなんとなく予想はしていた。

 だが……なんというか、見た目が完全に執事であったハインツと比べると……非常に趣味的であるような気さえしてしまう。

 いや、理解はできるのだ。メイドでナイトなんだから、鎧を着ていたって何もおかしくはない。

 だが、それなら何故ハインツはああなのか。

 それともハインツが正常で、この目の前の子が特殊なのか。


「いかがされましたか?」

「あ、いえ。その恰好って、えーと」

「お仕えしている方に合わせた意匠となっております」

「えっと、そうじゃなくて……鎧とメイド服の組み合わせって」

「一般的なメイドナイトの装備ですが、何処か至らぬ点がございましたでしょうか」

「……いえ、なんでもないです」


 色々なものを諦めて、カナメは遠い目になる。

 この世界にも少しは慣れたつもりだったが、ここにきて世界の違いを思い知らされた気分だ。

 本当に何も知らないなあ、俺は……などと黄昏そうになりつつも、カナメは咳払いして目の前の少女に向き直る。


「あの、それでクシェルさんは何かご用事でしたか……って、うわっ」


 ぐいと背後のイリスに引っ張られ、カナメはその背中に隠される。

 カナメの代わりにクシェルの正面に立ったイリスは厳しい目でクシェルを睨み付けるように立ち塞がる。


「聞かなくても分かりますが、確認します。貴方、ハイロジア王女のメイドナイトですね?」

「その通りでございます。貴女は神官騎士のイリス様とお見受けしましたが」

「私の名前が出てくるということは、すでに現状は調査済ということですか」

「はい。その上でカナメ様に言伝を預かって参りました」

「え、俺に?」


 ちなみにクシェルの向こう……食堂の椅子には、こちらを黙って見ているアリサやエリーゼ達の姿がある。

 すでにそちらとは話をしているのだろう、こちらに何かを言ってくる様子はない。

 なにやらエリーゼが不満そうな顔をしているのが目についたが……とりあえずカナメはクシェルへと視線を戻す。


「カナメさんに用事ならば、私を通していただきましょう。言伝とは?」

「いえ、これは直接お伝えする必要がございます」

「あ、えっと。イリスさん。大丈夫ですよ」


 言いながらカナメがイリスの陰から出ると、クシェルは即座にカナメに向き直る。


「では、カナメ様。私の主であるハイロジア様からの伝言をそのままお伝えいたします」

「あ、はい」


 カナメの返答を受けクシェルはすうっと息を吸うと……今までとは全く違う声で喋りだす。


「まずは伝言で済ませる不義理をお詫びするわ。えーと……キャナ……キャニャ……そうそう、カナメだったわね。まずは、この町を守る手助けをしていただいた事に私個人からの深い感謝を。早速だけど、貴方とその仲間達と会う機会を設けたいと思うわ。流石に長々と時間をかけて舞踏会というわけにもいかないし茶会を開くほど気の利いた茶葉もないけども。気軽な席だから、この伝言を聞いたらすぐに来てくれて構わないわ。では、よろしく」


 そこまで言ってクシェルは一旦口を閉じ……すぐに元通りの声になる。


「以上です。招待状も此処にご用意しておりますので、ご同行をお願いできますでしょうか?」

「え。えっと……はい」

「それと、武器の類はこの宿に置いていってください。ハインツ、貴方も同様です。魔法装具マギノギアの持ち込みは」

「お断りします。私はお嬢様の身の安全を確保する義務がありますし、それに関してはたとえお嬢様自身のご命令であろうと従えません。私の主人ではないハイロジア様のご命令であれば尚更ですし、クシェルの独断であるならば……」

「ハイン、そのくらいになさい」


 そこでエリーゼは溜息交じりにハインツに告げ、クシェルへと視線を向ける。


「クシェル。貴方もハインと同類なら分かるでしょう? そもそも此処は王宮ではないし私とお姉さまは権限については同格のはずですわ。お姉様の側近だけ武装して私達に武装解除しろというのは理屈に合わなくてよ」

「……失礼いたしました。エリーゼ様の仰る通りかと」


 アッサリ引き下がったクシェルにエリーゼは小さく息を吐き、カナメへと声をかける。


「では、カナメ様と……イリスも着替えていらしたら? その恰好で行くわけではないでしょう?」

「あ、そうだよな。でもあの恰好でいいのかなあ」

「お手伝いしますよ、カナメさん」


 言いながら上の階に上がっていく二人をそのままに、エリーゼはハインツの用意したお茶を口に含み……慌てたようにゴクリと飲み込んで立ち上がる。


「今、何か不自然な台詞がありませんでした?」

「そうだっけ。よく分かんないや」

「ちょっと二人とも!? お待ちなさい!」


 慌てて上の階へと駆け上がっていくエリーゼを見送り、アリサは肩を軽く竦めてみせた。

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