朝、市場にて2

「えーっと……」


 言いながら、カナメは歩いてきた場所にあった露店を思い出す。

 アクセサリー、武器、お酒……そういったものが多かっただろうか。

 いわゆる朝市というものでイメージする生の食品などはほとんどなく、逆に保存食の類を売る店は幾つもあった。

 

「なんかこう、イメージしてたのと違ったような」

「ふむふむ。具体的には?」

「たとえば、あの店ですかね」


 何人かの冒険者らしき男達が見ている露店は、干し肉らしきものを売る店だ。

 干し芋、干し肉、堅焼きパン。そうしたものを「安いよー!」と叫んで呼び込んでいる露店が多いが、カナメにはまだ本当に安いのかどうかは分からない。


「なんていうか、朝市っていうと採れたての野菜とか魚とか、そういうのを売ってるイメージがあったものですから」

「まあ、確かに朝市で保存食はあまり売らないですね。ここは内地ですから生魚はちょっと難しいでしょうけど」


 元々朝市とはカナメの言ったような側面も強い。野菜や生肉、生魚……そうした早めに売らないといけないものや、確実に売れる「求められている品」などを短時間で売り切る為のものだ。

 そうでなければ普通の露店として気長に商売をするものだが……今並んでいる商品は、むしろそうしたものが多い。


「アクセサリーとか武器とかも……なんかこう、今此処で売るようなものなのかなあっていうか」

「うんうん、いい視点だと思いますよ」


 カナメの言葉にイリスは頷き、通り過ぎる途中の露店の主人に聞こえないようにカナメの耳元に口を寄せて囁く。


「……たとえばあの露店ですが、町の店で買うよりは少しだけ古い物を売っていますよ。だから安いんです。まあ、それでも同じ品質のものの相場と比べたら高めですけど」

「えっ」


 大きな声を出しかけたカナメの口をイリスはぺしっと叩いて黙らせると、にっこりと笑って周囲の視線を誤魔化す。


「他の店もそうですね。というよりもカナメさんが指摘した店は全部、あるコンセプトに沿っているんです」

「コンセプト……?」

「簡単にお金になること。あるいは、単価が高いもの。もしくは大量に持ち運びできるものです」


 保存食の類は保存食の名の通り日持ちするし、あれば旅人がたくさん買っていくのですぐにお金に代わる。それにダンジョン決壊などの不安を煽る噂があれば少々高値でも売れるものだ。

 お酒も同様で保存の効くものだし、浄化の水袋が必携品となっている今でも水代わりや気付けとして持っていく者も多い。何より嗜好品としても売れる。

 アクセサリーは単価も高いし大量に持ち運べるし、値崩れもしにくい。

 武器は少々かさばるが情勢が不安定であればあるほど値が吊り上がる素敵な商材だ。


「で、そういうものを持って逃げだした行商人が「状況が変わった」と大慌てで戻ってきて売っているわけですね」

「でも、状況が変わったなら売れないんじゃ」

「次の特需を見込んでるんですよ」


 侵攻を防いだならば、次は掃討とダンジョンの確保だ。

 掃討で騎士団が冒険者を雇うかもしれないし、そうでなくともダンジョンが確保されれば武器も保存食もたくさん売れる。

 アクセサリーは冒険者には売れないかもしれないが、今回の侵攻で不安になった町民が「いざという時に簡単に持って逃げられる財産を」と買うかもしれない。

 まあ、そうした需要があるというわけだ。流石にそれを見込んで商品を仕入れこの町に向かっている商人には対抗できないが、その前に売りぬいてしまおうという目論見もある。


「はあ……なるほど」

「カナメさんの事もありますし、王女のこともありますからね。そのうち、どっちか……ひょっとすると両方の記念品を売り出す店もできるんじゃないですか?」

「えっ、まさか」

「いえ、確実ですよ」


 嫌そうな顔をするカナメを見てイリスはクスクスと笑うが、すぐに真顔に戻って「そういうわけですから、今此処で買い物をするのはおすすめできませんね」と小さく呟く。


「……王女様っていえば、すぐ何かあると思いましたけど……何もありませんね」

「まあ、すぐには来ないと思いますよ? あ、ジュースの露店がありますね。こんな時間に出してるってことは仕入れすぎたんですかね……」


 言いながらイリスは露店に歩いていくと、二つのコップを手にもって戻ってくる。


「はい、どうぞ」

「え、あ。幾らでしたか?」

「要りません。これは私からの純粋な好意です。で、王女の話ですけど。たぶん……今夜か明日には動きがあります。で、自警団には貴方達が町を出ようとしたら引き留めろって命令が出てるでしょうね」


 これは自警団としても断る理由はない。

 復興作業と王女の到着で遅れてはいるが、元々防衛戦の勝利を祝うパーティを開いてカナメ達を誘う気は満々だったのだ。

 いつの間にか何処かに行こうとすれば、王女に頼まれずとも引き留める気であった。


「はあ。それってやっぱり……」

「まあ、パーティをやるかどうかは分かりませんけどね。その分の資材を次の掃討に備えておけって話になるかもしれませんし」


 その辺りを今調整中でしょうね、と言いながらイリスはジュースを口に含む。

 それにつられてカナメもジュースをゴクリと飲み……その酸味に思わず口に手を当てる。


「うっ、なんか凄い酸味が……なんですか、これ」

「サランズとかっていうオレンジみたいな果物のジュースですね。一発で目が覚めるとかって人気なんですよ」


 そんな酸味などなんでもないというかのようにゴクゴクと喉を鳴らすイリスに恐ろしいものを見るような視線を向けながら、カナメはジュースをもう一口飲む。


「……すっぱっ」

「気合ですよ、気合」

「なんでジュース飲むのに気合なんですか……」

「万事全て、気合があれば七割くらいは上手くいきます」

「あとの三割は……」

「拳です」


 躊躇いもなく言い切るイリスが本当に神官だったかどうか不安になりながら、カナメはジュースをもう一口飲む。

 サランズとかいう聞いたこともない果物のジュースは、とても酸っぱくて。

 どうやら寝ぼけて聞き間違えたわけではないらしいと。そんな事を再確認しながら、カナメはもう一口と気合を入れてみるのだった。

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