朝、市場にて
人の噂も七十五日、とはカナメの世界の言葉だが。
とかく人の興味や話題とは移ろい易い。
どんなインパクトがある話であろうと新しい話題が出ればそちらに飛びつくのが人というものであり、そうなれば「インパクトのある話」は「インパクトのあった話」に格下げされる。
「まあ、そのおかげでこうして買い物に出てこられるわけだけど」
「人の噂も七十五日、ですか。「人が最後まで手放さないのは無関心である」みたいなものですかね」
頷きながらそんな事を言うイリスに、カナメは「えーと」と呟き首を傾げる。
「神話の中にある話に出てくる言葉なんですけどね。正確には「人が最初に手に入れるのは無関心と興味である。興味という力によって他者に接触し、より貪欲に求めるものを得んが為「自分」を形作る。それは自分一人では得られない財産を得る商材であるが、一度「無関心」が顔を出すとその全ては幻のごとく霧散する。そして興味という力を喪失した時、人は得たものを財を切り崩すが如く失っていく。それでも人が最後まで手放さないのは「無関心」である」というようなお話でして」
「ふーん。でもそれって」
「最後まで聞いてください。このお話では「無関心」というものの危険性について説くわけですが、その中でカナメさんの仰ったような「人の興味の移ろいやすさ」についても語っているんです。そこから転じて「あらゆる全ては一時的なものである」という意味の言葉になって使われるようになったんですね」
淀みなくスラスラと話すイリスにカナメは「へえ」と返事を返す。
まあ、やはり類義語かといえば少し違う気がするのだが、大体似たようなものだろう。
「それはそうと、私でよかったんですか?」
「え? あ、はい。全然話す機会もなかったですし」
カナメとイリスがいるのは、朝の市場だ。
通りにズラリと並ぶ露店はミーズの町の戦いが終わったと聞きつけて集まってきた行商人達で……ハイロジア王女の到着の次の日にこの状況なのを考えると、他の町へと逃げようとした行商人達が引き返してきたというのが実際のところなのだろう。冒険者らしき者達の姿が多く見えるのも、それを裏付けるかのようだ。
「お、そこの兄さん! 可愛い彼女にアクセサリーとかどうだい? 金に銀、珍しいところだと
「え? あ」
「いりません。行きましょう」
イリスにぐいと腕を引っ張られてカナメは露天商から離れていくが……他人から見るとそういう風に見えてしまうのだろうかとカナメは隣を歩くイリスを見る。
さらりとした長い金の髪は印象を変えるためか後ろで軽く縛って纏められ、服は神官服ではなく白いゆったりとした印象の服を着ている。
そういう私服でも白なのはやはり神官だからなのだろうかと思いつつも聞けないでいるし、綺麗な金の髪に合っていると思いながらも、それを言う程カナメはそういう台詞に慣れてもいない。
「そういえばカナメさんって、今日は結構印象違いますね」
「え? そ、そうですか?」
「はい。なんかこうマントと弓があると、そこばかり印象が強くなるんですが……今日は「ああ、カナメさんはこうなんだな」っていうのが分かる気がします」
「こ、こうって……」
「お、そこのカップルさん! いいワインあるぜ、どうだい?」
「いりません」
言いかけたイリスは再びカナメの腕を引っ張って立ち去り……そこでピタリと停止する。
「そういえば聞いてませんでしたけど。何を買いに来たんですか?」
「あ、はい。えーと……実は、決めてないんです」
「決めてない?」
不可思議なものを見つけたような目で見るイリスに、カナメは「えーと」と曖昧な笑みを見せながら口を開く。
「自分で色々興味を持ってやらないと何も分からないかなあ、と。で、社会勉強ってわけじゃないですけど市場を見れば色んなものが分かるかなあ……と」
要は昨日アリサに色々学んだ事を少しでも自分のものにしようと思い立ったが故の行動なわけだが、それにイリスは感心したように頷いてみせる。
「なるほど、とても良い事ですね。先程の話ではありませんが、興味は全ての始まりです。市場から世界を見ようというのも正しい視点ですよ。カナメさんは才能がありますね」
「はは……」
なんかそういう風な事を何処かで聞いたかな、という程度だったのだがカナメは再び曖昧に笑う。
わざわざ否定する事でもないし、言って「なんだ」と失望されるのもなんとなく嫌だったのだ。
「そういう事なら、最初から言ってくだされば喜んで協力しましたのに。市場に行ってみたいって言うから何か足りないものがあるのかと」
「あ、いえ。その辺の感覚も磨いてアリサとかの負担も減らしたいなあ、とは思いますけど。それはまだ早い気もしますし」
いわゆるパーティの共有物などの話だが、その辺はアリサがしっかりと共有分として確保していたりする。
ド素人のカナメとハインツに任せ気味で結構素人のエリーゼには手の届かない部分をアリサが完全にフォローしてくれている事実がカナメには心苦しいのだが、だからといって無闇に手を出した所でアリサの負担が増えるだろうと察するくらいの分別はカナメにもある。
「ふーん……まあ、その辺はいいです。で、ちょっと歩いてみましたけど……どうですか? 何か分かりましたか?」
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