アリサの一般常識講座2

 まず知らなければならない事は、この世界のことだとアリサは語る。

「無限回廊の先」から来たカナメは、この世界の事をほとんど知らない。

 普通に生きていても自分の住んでいる場所以外の事は知らない……などという者が珍しいわけではないが、あちこちへと旅をする冒険者であれば多少の事は知っていなければいけない。


「と、いうわけで。まあザックリ言うと貨幣の種類と同様の国々があるわけだね」

「えーと。王国と帝国と聖国と連合……だっけ。で、此処が王国だよな」


 確かさっきハインツさんが国名も言ってたよな……とカナメはしばらく悩み、「思い出した」と手を叩く。


「ラナン王国、ラーゼルク帝国、ルシェル聖国、ジパン国家連合……だったよな」

「その通り。で、ここがラナン王国ってわけ」

「地図とかないのか?」

「あるけど大陸地図みたいなアホくさいのは持ってないよ」


 持ってるのはこの付近の地図だけだね、というアリサにカナメは思わず「え、なんで?」と声をあげてしまう。


「カナメは見たことないかもだけど、大陸地図っていうのは大体の国境線とその国境近くの町とか村の名前を記しただけのやつなんだよね。それ以外はほとんど何も書かれてないの」


 要は、国々が自分達の領土はこの範囲であると主張するものを記しただけのものであり、旅人にとっては「どの街を経由して国境を越えるか」といった時にしか役立たないのだ。

 何故そんなことになっているかというと……まあ、理由は単純で「詳細に書くと何かよからぬ企みに使われるかもしれないから」という不安を拭えないからだ。

 たとえば山や川、湖、町や村、街道……そうしたものが一枚でパッと分かるなら、他国が侵略を企んだ時に非常に役に立つ。

 だが分からなければ他国はその調査から入らねばならず、そうした間諜を排除するだけで防衛が成り立つのだ。


「情報は武器ってことだね。だから基本的に地図ってのは最低限の事しか載ってないし、あまり広い範囲の地図は作らないし売らないの。ていうか、そんなもの持ってると怪しい奴だと疑われるかな」

「ふーん……なんか不便だな」

「そうでもないよ? だって大陸地図なんか持ってたって、その中のどれだけの地域に行くの? って話じゃない」


 言われてみればまあ、確かにその通りだろうとカナメも思う。

 元の世界でも世界地図や地球儀が大切なものに思えていた時期は、そうしたものに浪漫を感じていた子供の時期だけだっただろうか。

 あったところで活用するわけでもなく、「ふーん」で終わりだった。

 もし国境を越えるような旅の予定があったところで、アリサの言うような「最低限のことが載っている」地図があれば事足りるのも間違いない。


「……そんなものか」

「そんなものだね。で、話を元に戻すけど」


 まず、今いる国……ラナン王国は、王に任命された大臣や官僚達が国を動かす王政だ。

 地方は貴族達が分割統治し、王に収入の何割かを献上することでその地位を認めてもらっている……という形だ。

 ちなみに貴族の数だけ領地があるわけではなく、領地のない貴族は中央で働く事で糧を得ている。


「所謂上級騎士とか上級官僚ってやつだね。まあ、普通に生きてれば関わることなんてほとんどないけど……あのお姫様の周りには何人かいるかもね」


 ちなみにそうした者達は領地持ちでない事にコンプレックスがある者もいて、それをこじらせたあまり極端な主義者になっていることもあるという。

 いわゆる「王国人こそが世界で最も高等な民族である」とかいうアレだ。


 まあ、確かに王国はこの大陸で帝国と並ぶ古い国だ。

 王国では「そもそもこの大陸に最初に存在したのはラナン王国であり、「ラナン王国支配域」とそれ以外だったのだ」と教えていたりもする。


「それ以外って?」

「帝国のことだね。そこにお姫様いるからあんまり悪口言いたくないんだけど、えーと」

「構いませんわよ。王族の中でも教育がおかしいからそういうのが生まれるんだ、と問題視されていますもの」

「ん、じゃあ」


 肩をすくめるエリーゼにアリサは頷くと「つまりね」と口を開く。


「実際王国と帝国のどっちが古いかなんてことは私は知らないし興味ない。でも王国では「自分達の方が古い国であり帝国はそこから分裂したのだ」と主張するし帝国は「自分達こそが神に認められた唯一にして最初の国なのだ」と主張してるワケ」

「要は互いの王権の正当性の主張ですわ。自分達の方がより「上」であり「正」であるとすることで互いを否定しようとした時期の名残ですわね」

「……王国と帝国って、仲悪いのか?」


 言われてアリサとエリーゼは顔を見合わせ、ハインツが「表向きは良好です」と答える。


「ま、その辺はいいよ。王国では未だにそういう主張を真面目に語る人が結構いるってのだけ覚えておいて」

「ん、分かった」

「よし。で、まあ……国についてはそうだなあ、王国はこれでいいとして、他の国も簡単に覚えといたほうがいいかな」


 ラーゼルク帝国は、名前の通り帝政だ。

 といっても政治形態はラナン王国とほとんど変わらない。


「唯一違うのは、皇帝がすっげえ神聖視されてるとこかな。この辺りは王国と逆で、中央勤めの貴族の方が領地持ちよりいいとされてたりするらしい」


 皇帝のお傍に仕えられる誉れとかそういうやつかな、とアリサは説明する。


「で、あとは聖国と連合かあ。んー……」 

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