アリサの一般常識講座

「え、一般常識って……」

「いや、ほら。次から次へと厄介事が舞い込んでくるからついつい後回しになってたけど……これもいい機会でしょ」


 アリサは言いながら、懐から二枚の金色のコインを取り出し右手と左手それぞれに持つ。

 

「さて。この二枚……より価値があるのはどっちだと思う?」

「へ?」

「いいから。ほら答えて」


 言われて、カナメは二枚のコインを見比べる。

 色は両方とも金色だし、「価値」云々と言うからには金貨なのだろうとカナメは想像する。

 その上で見てみると……なるほど、二枚にはかなり違いがある。

 まずアリサの右手にある金貨は髭の王様らしき男の肖像が描かれており、いかにもといった風だ。

 周囲には何やら文字のようなものが書かれているが、これはカナメには読めない。

 だが、かなり精緻な装飾が施された金貨であることは確かだ。


 そしてアリサの左手にある金貨は、これはかなりシンプルだ。王冠を被った吠え猛る獅子のようなものが描かれているが、他に特徴的なものはない。

 となると……間違いない。


「そっちの王様みたいなのが描かれてる方だろ?」

「ほんとに?」

「え? あ、ああ」


 一瞬不安になったカナメがそう答えると、アリサは「手出して」と言ってカナメの手に二枚の金貨を乗せる。


「んじゃ、これならどう?」


 そう言ってアリサがもう一枚ずつ同じデザインの金貨を取り出しカナメの手の平に乗せた瞬間……カナメは口を開けて「あっ」と声をあげる。

 王冠の獅子の金貨はカッチリと下の金貨の上に乗っているが、髭の王様の金貨の二枚目は何やら歪んでいるというか、薄いというか……王冠の獅子の金貨と比べると、明らかに微妙なのだ。


「まだ答えは同じ?」

「うっ……いや。撤回する。こっちの獅子の方が明らかに価値がありそうだ」

「うん、それで正解。こういうのが一般常識。ちなみにこの髭面はアランっていってね。連合の歴史の中で最もバカでカスでクズだって言われてた王様らしい。この金貨もそいつが作らせたんだけど……「永遠に輝きし栄光王」って書かれてる。発行枚数がやたら多いんだけど、混ぜ物は多いし品質も安定してないしマトモな形してないのも多いわで、連合金貨の中でも特にクズ金貨だね。銅貨より価値がないって言われる唯一の金貨かな」


 通称カスラン金貨だけど、これを金貨だって言って渡したら自警団呼ばれるレベル、と言われてカナメはうっと呻いて後ずさる。

 知らなければ何処かで渡されても受け取っていたかもしれないし、渡していたかもしれない。


「ちなみに、もう片方は帝国金貨。描かれてるのは獅子帝の紋章だね。帝国が一番荒れてた頃のだけど、それでも連合金貨と比べたら大分マシ。私はあんまり受け取りたくないけどね」

「獅子帝の……ってことは、他にも色々種類があるんだな……」

「まあね。でも全部覚える必要はないよ。今出した連合金貨の方だけ覚えとけば、あとは「不勉強」とか「世間知らず」でどうにかなるから」


 逆に言えばカスラン金貨を知らないようだと「よく今まで生きてこられたな」ってなるよー、と言われてカナメは思わず緊張でゴクリと唾を飲み込んでしまう。


「あ、でもこれは覚えといたほうがいいかな」


 そう言ってカナメの手から金貨を回収したアリサが取り出したのは、更に別の二枚の金貨だ。

 一枚は恐ろしくシンプルだが、精緻に描かれた天秤が目を引く金貨。

 もう一枚は、剣に巻きつく蔓と花が描かれた金貨だが……カナメはそれを見て「あっ」と声をあげる。


「これは分かるぞ。きっとこれが王国金貨なんだろ?」

「そうだよ。さっきの旗にも描かれてたよね」

「ああ。ていうか思い出したけど、エリーゼの杖にも同じのが描かれてたし」

「ふーん。まあ、とにかく王国金貨は発行開始以来一度もデザインを変えてないんだ。品質も結構安定してるし、信用度の高い金貨だね」


 そう言うとアリサは金貨を一枚弾き……慌ててカナメはそれを握るように受け取る。


「お、おい金貨なんだろ……って、あれ?」


 アリサの手に残された王国金貨。そこではなく、カナメの手の中から感じる魔力。

 酷く微かなそれに気付き、カナメは手を開く。

 そこにあったのは天秤の描かれた金貨であり……どうやら、魔力はそこから出ているようだった。


「なんだこれ、魔力を感じるような……」

「それが統一金貨。聖国金貨って呼んだほうが正しいんだけどね」


 統一金貨と呼ばれるのは、発行開始以来ずっと品質が最高値で保たれているからなのだとアリサは説明する。


「王国金貨でも年代によっては多少品質が下がったりするのに、統一金貨はずっと変わらない……らしい。だから、どの国で出しても価値が変わらないし「統一金貨」なんて呼称が一般化したらしいよ。でも発行枚数は他の金貨と比べてもずーっと少ない。両替商なんかでは統一金貨を物凄い大事に抱えてたりするらしいね」

「へえー」

「カナメが今言った通り、魔力を込めた簡易的な魔法の品にする事で安易な偽造も防いでる。色んな意味で徹底した、一番信用できる金貨だね」


 ちなみに他にも銀貨、銅貨があるが……頻繁にデザインが変わる連合貨や帝国貨と比べ、王国貨と統一貨は全て金貨と同じだとアリサは説明する。


「種類があるってことは、その分偽造もされやすいってことなんだけどね。特に連合貨はひっどいよ?」


 正規のものですら品質もデザインもバラバラなのに、そこに偽貨が加わりとんでもない事になっているのだという。

 貨幣に誰より詳しい両替商ですら嫌がる……それが連合貨なのだ。


「というわけで、王国貨と統一貨だけ覚えておけば冒険者の一般知識としては問題なし。分かった?」

「あ、ああ」

「よし、じゃあその統一貨は返してねっと……で、はいこれ」


 アリサに統一金貨の代わりに乗せられた布袋がじゃらりと鳴り、カナメは中身が何かを察する。


「え、これ……お金か?」

「そだよ。ほら、シュルトさんの護衛の報酬……あれ、両替商で替えてきたから。こっちはエリーゼの分ね」


 アリサが投げた袋をエリーゼかハインツか……どちらかが受け取る音を聞きながら、カナメは袋を開ける。

 

「うわっ、金貨が何枚かと……銀貨がたくさん入ってるぞ?」

「カナメの初依頼だからね、今回経費は無しで計算して更にカナメのをちょっと多めにしといた。まあ、端数だけど」


 すぐには数えられないが、これは結構な額なのではないだろうか?


「無くさないようにね。それなりに大金だよ?」

「あ、ああ」


 袋の口を慌てて閉めるカナメにアリサはクスクスと笑いながら「さて」と呟く。


「で、次はお金以外の簡単な事説明するけど……エリーゼ、やる?」


 そう言いながら、アリサはちらりとカナメの背後のエリーゼへと視線を向ける。

 カナメが振り返ると、そこには何故か不満そうに両手の指を重ね合わせて動かしていたエリーゼの姿があった。

 

「……遠慮しますわ。冒険者としての常識は、アリサの方が上手く教えられますもの」

「そっか。じゃあ始めるよ、カナメ」


 集中してねー、と言われてカナメは慌てたようにアリサへと向き直るのだった。

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