ハイロジア王女の到着

 そして、翌日。

 黄色の四角い下地に黒一色で描かれた剣に巻き付く蔓と花……そんな旗を翻す一団がミーズの町へとやってきていた。

 それは見る者が見れば分かる王家の紋章。黒で描かれた紋様は王族であることを示し、黄色の旗はその王族自身の色を示す。

 たとえばこれがエリーゼである場合は黄色の部分が青になる、というのはハインツの説明だ。

 騎士達もまた黄色の鎧に身を包み、同じ色の馬具をつけた馬に乗って町中を行進している。

 その丁度先頭で馬に乗っている一際華美な服装をしているのが恐らくはハイロジア王女なのだろうとカナメは宿の窓から見ながら考える。

 此処は工房地区の近くで観光にもパレードにも不向きな場所であるらしいのだが……そんなところも行進しているということは、町中をくまなく回るつもりなのだろうか。

 丁度カナメ達のいる銀狐の眉毛亭の方角へ向かって進んでくる一行は周囲に手を振りながら笑顔を振りまいていく。

 ……まあ、そうは言っても騎士達は兜のバイザーを下してしまっているので、表情が見えるのはハイロジア王女らしき人だけなのだが。

 ハイロジア王女自身はエリーゼによく似た顔立ちだが、もう少し全体的にキツめで……肩口までのゆるいカールのかかった柔らかそうな髪も、その印象を和らげる役にはたっていない。

 むしろキツさが増したような印象すら受けるが……まあ、カナメがわざわざ口に出すことでもない。

 やがて銀狐の眉毛亭の下までやってきたハイロジア王女は窓から見ているカナメに気づいて笑顔で手を振ってきて……カナメもなんとなくつられて手を振る。

 気さくなお姫様なのかな……などと思わないこともないが、あんな鎧を着て走り回っているということは相当に行動的なお姫様ではあるのだろう。

 そのまま何処かへ向けて行進していく一団を見送るとカナメは後ろに振り返って「もう行ったよ」と告げる。


「……本当ですの? もう居ませんのね?」

「ああ。でも、そんな警戒しなきゃいけない人にも見えないけどなあ……キツそうだったけど」

「会えばすぐに分かりますけど……もう、ハインったら。もっと早くお姉さまの情報を掴んでいれば昨日のうちにこの町を出ていましたのに」

「それは無理でしょう」


 絶妙のタイミングでドアを開けたハインツが、そう言って首を横に振る。


「今回の騒動が起こった時点で、こうなるのは必然でした。ハイロジア様は英雄や英傑といった男性に過剰に執着されますから」

「へ?」


 英雄や英傑。一見自分とは程遠そうな単語だが、カナメは自分に二人の視線が向いているのを感じて「……俺?」と呟く。


「そうですわよ。ミーズの町に降臨したレクスオールの化身だとか噂がたって、あの神官女がてんやわんやじゃありませんの」


 そう、昨日もそうだが……今日もイリスは銀狐の眉毛亭にほとんど戻ってきていない。

 それというのも今回の騒動の後にレクスオール神殿に住民達が詰めかけてきて対応にシュルトと一緒に出なければならなくなっているせいなのだが……適当なところでイリスはシュルトに押し付けてしまうつもりらしい。


「まあ、本当にレクスオールの化身だと考える人は少ないでしょう。実際、何がしかの神の化身を自称したり呼ばれたりする方は数か月に一回は出現しますので」

「ああ、なるほど……」

「手っ取り早く英雄感を演出できますし、活躍っぷりを表現できますから……まあ、仕方のないことではありますわ」


 たとえば厳正すぎる程に公正な者を「ヴェラールのようだ」と表現したり……まあ、そういうことだ。

 そういう軽いノリで使われてしまう為、この町の者が本気でそう語ったところで他の町の者が聞けば「またか」という程度で済まされてしまうそうである。

 しかし、それはそれとして「そう言われるような誰かがいる」という噂は伝わっていく。


「今回の件も、まだカナメ様の事が周囲の町や村に伝わっているとも思えませんが……「そう言われるような殿方がいるのかどうか」を探りに来たのは確実ですわ」

「なんでそんな……って、ああ。アレ?」

「ええ、ソレですわ」

「婿取りですね」


 カナメとエリーゼがアレとかソレとかで誤魔化した言葉を、ハインツがあっさりと口にする。


「まあ、正確には婿候補探し……といったところでしょうか。強力な魔法装具マギノギアを持ちハイロジア様のお目にかなう方であれば婿候補となさるでしょうし、そうでなくとも強ければ自分の護衛に雇えばいいわけですしね」

「あー……なるほどなあ」

「カナメ様の弓は魔法装具マギノギアの域を超越していますもの。出来れば私の石をお渡ししておきたかったのですが……」


 ペンダントを渡すということは、それでもう婚約が非公式ながら成立したという証になる。

 その後国王の裁可を仰ぐ必要こそあるが、対外的には婚約成立の一歩手前と言っていい。

 たとえ「フリ」であろうともペンダントを渡せばそういうことになるのであり、それ故にエリーゼはカナメにペンダントを渡してハイロジア避けとすることは出来ないのだ。


「……まあ、お姉様の好みは大柄で筋肉質な方らしいので、余程の事がなければ線が細めのカナメ様に目をつけるとも思えませんが……」

「そりゃよかった」

「でも、どちらにせよ会いに来るのは確実ですわ。気を付けてくださいませ」


 そんなエリーゼの言葉に、カナメは「分かった」と言って首を縦に振り……そんなカナメの肩を、やってきたアリサがしっかりと掴む。


「ま、そういうわけで。余計な事勘付かれない程度に、一般常識勉強しとこっか?」

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