出会いの真実2

 弓を金で買い取れないかと近づいた。

 そこは、カナメも「売る気はないか」と言われた以上は当然分かっている。

 だから、別に驚くべきことでもなんでもない。

 ……だが、そこから先は。それを考えそうになった矢先、ぎゅっと自分の手を掴むエリーゼの事をカナメは思い出す。


「え、と」


 だが、言葉は出てこない。

 自分ではなく、弓を見ている。そう言われてしまうのが怖いのか、それとも別の何かか。

 エリーゼがすぐ側にいると分かっていても、カナメはエリーゼを見れなくて。

 聞くべきことすら、口に出せない。

 カナメの弓は魔法装具マギノギアではなく、カナメの魔法だ。

 つまり、魔法装具マギノギアを探しているという王家の条件からは外れる。

 それでも一緒にいるのだからエリーゼはそれでもいいと思っているのかもしれない。

 ……だが、それは結局カナメを見ていない。

 大切なのは、この弓で。カナメはそこには居ない。

 なら、それなら。

 弓がないカナメは、エリーゼにとってどの程度の価値なのか。

 それを聞くのが怖くて、カナメの口は言葉を紡ごうとしないのだ。


「……確かに」


 だが、エリーゼはそう呟く。


「確かに、最初に弓が目当てで近づいたのは事実ですわ。その後、同行していたのも……これ程の魔法装具マギノギアを持っていて、人も良さそうでしたし……だから、この人ならと。そんな気持ちだったのも、本当のことです」

 

 エリーゼの独白を、カナメは邪魔できない。何かを言うこともできない。

 聞きたくない気持ちと、聞きたい気持ちがせめぎ合って動くことすらできない。


「……でも、いつの間にか本当に好きになってて。だから、そんな始まりだったと言い出せなくて」


 だから、こんな明かし方になってしまった。

 もっと早く言えば何か違ったのか。それとも同じだったのか。

 それはエリーゼには分からない。でも、タイムリミットが過ぎてしまったのは間違いなく自分のせいなのだとエリーゼは思う。


「ごめんなさい、カナメ様」

「……」


 自分に向き直り見つめてくるエリーゼを見下ろしながら、カナメは口を開く。


「……もし。もし、俺に弓がなかったら」

「カナメ」


 言いかけたカナメの言葉を、それまで黙って聞いていたアリサが遮る。


「その仮定は無意味だよ。「もしも」なんて過去はないし、「もしも」なんて未来もない。だから、それを聞くのは」

「構いませんわ」


 アリサの言葉を更にエリーゼが遮り、続ける。


「もしも、カナメ様が弓をお持ちでなかったら……こうして私とカナメ様は出会っていなかったかもしれませんわ。私の始まりは、弓でしたもの。それは、動かし難い事実です」

「……そっか」

「それに、今どうして私がカナメ様を好きなのか。その明確な理由も私は持ち合わせておりませんの。気がついたら好きだった。それが本当であるかを証明する手段もありませんわ」

「ああ、そうだね」

「初手から私は嘘をついてカナメ様に近づいた。だから、これも嘘ではないかと言われたとしてもそれは私の罪です」


 カナメは、それには答えない。

 エリーゼを見下ろし、その瞳をじっと覗き込む。

 今にも泣きそうな、その瞳が本当なのか嘘なのかすら、カナメには判断できない。

 だけど、きっと嘘ではないと思う。

 エリーゼと同じで明確な理由など持ち合わせてはいないけれど、きっとそう信じたいのだ。

 だからこそ、カナメも言おうと思っていた「夜」の続きを語ろうと決意する。


「……エリーゼ。あの後、俺もずっと考えてたんだ」

「あの、後……あっ」


 それが何を意味するかに気づき、エリーゼは顔を赤くする。

 思えば随分と大胆に迫ったものだが、それほどまで真剣にカナメが考えていてくれたという事も嬉しいのだ。


「で、今もそれを確信したんだ。俺は……エリーゼの事をほとんど知らない」

「……ええ」


 それは仕方のないことだ。

 エリーゼとカナメは濃い日々を送ってはきたが……それでも、まだ短い付き合いだ。


「でも、エリーゼだって俺の事をほとんど知らない」

「え、ええ」


 カナメが何を言い出すのか分からなくなってきて、エリーゼは疑問符を浮かべる。

 てっきり断られるものと思っていたのだが……。


「ちょっと変だけど可愛い子だと思ってたエリーゼはお姫様だったし、俺もエリーゼが好きになってくれるような価値がある奴じゃないかもしれない」

「え? え、と……」

「だから、友達から始めよう。お互いのことをもっと話して、もっと知って……そこから始めよう。そしたら俺なんかよりもっといい奴が出てくるかもしれないし、俺の事なんか嫌いになっちゃうかもしれないけど……」


 でも、今こうして互いを知らないままでいるよりは、きっとずっといい。

 そう語るカナメにエリーゼは「私を嫌いにならないのですか」と問いかける。

 断られるものだと、嫌われるものだと思っていたのだ。


「え、えーと。だから好きとか嫌いとかは、その……保留で。ごめん、なんか早速情けないんだけど」

「……いいえ」


 エリーゼはそう答えると、カナメにぎゅっと抱き着く。


「嫌わないでいてくださいました。今は、それだけで充分ですわ」

「そ、そっか」

「ええ」


 そう言って微笑むと、エリーゼは青い宝石のついたペンダントを胸元から取り出す。


「これは、婚約の証ですの。もしカナメ様がこれを受け取ってくださったらと考えていましたけれど……まだ、私が持っておりますわ」

「そ、そうだね」

「……ですから、明日は気を付けてくださいませ」


 エリーゼはそう言うと、真剣な表情でカナメを見上げる。


「明日来るかもしれないハイロジアというのは……私のお姉さま方の中でも結構めんどくさい人ですの」


 何かを渡すと言われても油断しないでくださいませ、と本当に真面目な顔で語るエリーゼに……一体どんな人が来るのかとカナメは早くも次の不安を抱いたのだった。

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