準備

 カナメの竜鱗騎士という空中運搬の助けもあり、ミーズの町の片付けと「とりあえず」の修理は4日で終わってしまった。

 本格的な修復や復興はまだまだ先の話だが、町を捨てるというような事にはならないだろう。

 ミーズの町の人々も悲しみを捨てられたわけではないが、何もかも無くすわけではないという事実にとりあえずの喜びを見せた。

 カナメ達が来る途中にあった宿場町も前線基地としての役目を終えて、そこに居た騎士達がこの町にやってくるということで、いよいよ森の中への進撃が始まるのではないかという噂も囁かれ始めていた。

 しかしまあ、それもまだ先の話。

 結局援軍を連れてくることが出来なかったシュルトはイリスに冷たい目で見られていたが、それもさておいて。

 そんな状況を作った立役者達は今、銀狐の眉毛亭に籠っていた。

 町に出れば騒がれるからというのと、そろそろ旅立ったほうがいいだろうという判断からだ。

 故に宿の従業員が代理で今色々と買い出しに行っているのだが……。


「うーん……」


 カナメは銀狐の眉毛亭の庭で、ズラリと並んだ竜鱗騎士達を前に唸っていた。

 あの戦いの後で残った竜鱗騎士は、総勢27体。

 単純に矢だけでいえばまだまだあるのだが、この状況で撃つ気にもならない。

 なにしろ……この竜鱗騎士達が、まったく消える気配がないのだ。

 マントに変化した翼を見るに、そういう変化は指示をせずとも出来るようだが……大剣を地面に突き刺し整列する姿は、どうにも落ち着かないものがある。


「やっぱり後先考えずに撃つんじゃなかったなあ……どうすんだこれ」

「私もこんなケースは流石に……大抵の魔法装具マギノギアはキーワードや意思で変形可能とは聞きますけれど」

「矢に戻れとは言ってみたんだけど、何も起こらなかったしなあ」


 こういう時に聞けそうなレヴェルは戦いの最中に何処かに消えてしまっているし、こういうのに詳しそうなエリーゼも分からないというのではお手上げだ。


「ていうか、冷静に考えるとこんなの大量保有してるって、色々とマズいんじゃないか?」

魔法装具マギノギアのようなものですから法的には問題ないはずですけれど……あまり外聞はよろしくありませんわね」

「うう……」

「別に気にしなくていいでしょ。キャラバンみたいなもんだって」


 そんな呑気な事を言いながらアリサは庭に剣を何本も並べては「うーむ」と唸っている。

 どうやら先日の作業の合間に町中から剣を拾ってきたらしいのだが……カナメは竜鱗騎士達から視線を外すと、アリサの近くに移動して並べてある剣を覗き込む。


「この剣って、もしかしてモンスターのか?」

「そう、邪妖精イヴィルズのだね。私の折れちゃったからさ。適当に拾ってきたんだけど……」


 並べてある剣の良し悪しはカナメにはよく分からないし、どれも同じデザインのようにすら見える。

 強いて言えば、前にアリサが持っていたものよりも結構短いかな、という程度だろうか?


「なんていうか、俺にはどれも同じに見えるんだけど」

「うん、同じだね。意匠もそうだし性能も大体似たようなもんだと思う」

「え?」


 アリサの発言でようやく興味をもったのか、エリーゼも近づいてきて剣を覗き込み……「まあ」と声をあげる。


「ほんとに同じですわね。アリサってば、わざわざ同じようなのを集めてきたんですの?」

「そんなわけないでしょ。他のも全部こんな感じだってば」


 他の……つまり「拾ってこなかったもの」という意味だが、それはつまり。


「てことは、同じような剣で揃えてたってことか?」

「斧とかもあるけど……まあ、そっちもデザイン似てたかな」

「え、待ってくださいませ。それはおかしいですわよ? それが真実なら、邪妖精イヴィルズが統一された武器を揃えていたってことになりますわ」

「実際その通りだってば。ついでにいえば鎧とかも揃ってたよ?」


 そしてそれは、実は恐ろしいことだ。

 邪妖精イヴィルズ達に「まとまった数の武器と防具」を揃える手段があり、それを実行できているということなのだから。

 言うまでもないことだが、武器や防具は個人の能力を引き上げる有効な手段だ。

 それがまとまった数で実行可能ということは、そのまま大きな脅威が誕生するのと同じ意味だ。


「……危険ですわよ、それは。一体どうやって……」

「ゼルフェクト神殿とかいうのがやってんじゃないの? 知らないし私達の悩むことでもないけど。んー……」

 

 実際、それに悩むのはアリサの仕事ではない。騎士団が考えるべきことであり、国が考えることだ。

 だからこそエリーゼにとっては他人事ではないのだが……それを公言するわけにもいかない。


「なら、アリサは何に悩んでるんだ? 剣自体は同じなんだろ。どれでもいいんじゃないか?」

「そうなんだけど。前使ってたのより相当短いんだよねえ……」

「それは俺も思ったけど。何か問題あるのか?」

「大ありだよ。間合いが変わるってのは大問題だよ? 今までと感覚がちょっと違ってただけで死に直結するからね」


 素人であればたいして違いはないが、アリサのようなベテランになってくると話は別だ。

 使い慣れた武器の間合いは完全に把握しているし、どう動けばそれを活かせるかを身体で覚えて反射的に利用可能なまでになっている。

 だからこそ、剣の長さの変化はその感覚を微妙に狂わせてしまうのだ。

 届くはずの剣が届かない。そうした致命的なミスはその「感覚と実際の差」によって発生するからだ。


「とはいえ、悪い剣じゃないんだよねえ。素材もよく分からないけどいいもの使ってるし。これを放置して普通の剣使うってのも癪に障る……」

「ダグマ鋼ですね。確かに良い素材です」


 剣を覗き込むカナメ達の背後で、突然そんな声が響いて。

 驚いた顔で振り向くカナメ達の視線の先には、いつから其処に居たのか……いつもの笑顔を浮かべて立つハインツの姿があった。

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