割り切るということ

 アリサの言葉にカナメは反論しようとして……しかし、出来ずに黙り込む。

 割り切っているつもりだ。

 実際、殺さなければ殺されると分かっているからこそ戦えた。

 だが……それでも、考えてしまうことがあるのだ。


「……アリサは、なんとも思わないのか?」

「なにが?」

「俺の持ってる力のこと」


 戦っている時は、何も思わなかった。

 いや、何も考える暇がなかった。

 殺さなければ殺される。ただそれだけのシンプルな理論だけで全てが事足りた。

 より強い攻撃を、より多くの敵を倒すことを。そう考えるだけでよかった。

 その力はカナメの手の中にあり、結果としてカナメはこの町の人達に称賛されている。

 ……だが、思うのだ。


「……いつの間にか、俺はこんなに簡単に敵を殺せるようになって。なのに、俺の中にはまだまだ……もっと強い奴を、もっとたくさん殺せるような力がある。その力でいつか……俺が、俺じゃない何かに変わっていくんじゃないかって。「敵」だって思ったら……それこそ人間だって簡単に殺せるようになるんじゃないかって。それに何も感じなくなっていくんじゃないかって。そう思うんだ」

「ふーん」


 なるほどね、と呟いてアリサは壁に背中を預ける。

 モンスターとはいえもっと話し合える余地があったんじゃないかー、という悩みかと思えば……もう少し色々な要素が絡んだ問題であったらしい。

 アリサ的にはカナメがモンスターを敵だと割り切っている部分については成長だと思うのだが、今度はどうやら「割り切った自分」について悩んでいるようだと理解する。

 普通はその辺りは一気に突き抜けてしまうものなのだが、カナメはそうではなかったらしい。

 アリサとしては、カナメの悩みは「甘ちゃん」の部類に入る。

 いざ盗賊のような連中と遭遇した時にはそれこそ人間同士の戦いになるわけだし、正義の名の下に人間同士が争うことだってある。

 そうした時にはむしろ、人間相手だろうと簡単に殺せる奴のほうが生き残る。

 だが、これは恐ろしく繊細な問題だ。どうでもいい相手なら適当に返すのだが、残念ながらアリサにとってカナメはそういう分類には入っていない。

 ……となると、手段はそう多くない。


「ふうー……カナメ。ナイフは持ってる?」

「え? あ、ああ」

「ちょっと抜いてみて」


 戸惑いながらも、言われるままにカナメは腰につけたナイフを鞘から引き抜く。

 まだたどたどしい動きながらも、ナイフは軽い音を立てて鞘から抜かれ……炎の光を照り返し輝く。


「抜いたけど……どうするんだ?」

「こうするの」


 アリサはナイフを握ったカナメの手を掴むと、そのまま引き寄せてナイフの先端を自分の胸元に触れさせる。


「え、あ……」


 ナイフを通してカナメに伝わってくる、「アリサに触れた」感触。

 それは少し力を込めるだけでアリサに突き刺さる、そんな現実を理解させる。

 そして同時に、「何かあったら」と……「アリサに本当に刺さってしまったら」と、そんな未来を幻視させてしまう。

 緊張から噴き出す汗が頬を、額を伝ってカナメの目に入り視界を奪う。

 半分ぼやけた視界が恐ろしくて、カナメは腕を引こうとして。だが、アリサがそれを許さない。


「離せ、離せよ……!」

「怖い?」

「当たり前だろ!」

「だろうね。カナメの今の魔力なら私の手くらい振り払えるはずなのに、見て分かるくらいに乱れてる」

「そんなの……」

「そうだね、当たり前だ。なら、私がカナメの敵だったらどう? 今この瞬間もカナメを殺そうとしているとして。カナメのナイフは今、私を刺せる場所にある。どう?」


 混乱しながらも、カナメはアリサの言葉を反芻する。

 もし、アリサが敵だったら。

 殺さなければ殺されるとして……このナイフを突き入れるだけで、自分の身を守れるとしたら。

 そう、もし……アリサが、敵だったら。

 

「……嫌だ」


 小さく……しかし、しっかりとカナメはそう答える。


「やらなきゃ、死ぬのに?」

「でも、嫌だ」


 震えながら紡ぐカナメの返答に、アリサは深い……深い溜息を吐く。

 カナメの手からナイフを取り上げ、それを手の中でくるりと回転させるとカナメの腰の鞘に戻す。


「なら、それがカナメが絶対に割り切れない部分だよ。そういうのは簡単に飛び越えられるもんじゃないし、少なくとも今は飛び越えてない。で……」


 言いかけたアリサは、抱き着いてきたカナメに押されるようにして再び壁にドンと背中をつく。

 いったい何事かとカナメを引き剥がそうとして……しかし、震えるカナメの姿に「あー」と声を漏らす。


「……やめろよ、あんなの。本気で怖かったんだぞ」

「もー、実際にはやりゃしないって分かってるでしょ?」

「分かってても、嫌だ。アリサにナイフを向けるなんて……絶対に嫌だ」

「あー……はいはい。私が悪かったってば。ていうか、そんな小心者じゃカナメが想像してたような事にはならないから」


 カナメの背をポンポンと叩きながら、アリサは再度溜息を吐く。

 どうにか上手く誘導はできた。所詮誤魔化しだが、これでしばらくはもつだろう。

 とはいえ……世界は、カナメの優しさという弱さと甘さを許すほどに優しくはない。

 これだけ力を示してしまった以上、カナメは必ず「何か」に巻き込まれる。

 それはきっと、アリサ一人では守りきれない流れだ。

 だから、いつかカナメも変わらざるをえない時が来る。


 ……ならばせめて、其処に救いがあるように。

 そんな曖昧な願いを抱きながら、アリサはカナメの頭を撫でた。

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