防衛戦の後に

 クラートテルランと、アロゼムテトゥラ。

 二人の指揮官を失ったモンスター達は「状況に応じた命令」を失い、その統率を簡単に失った。

 それに加え、カナメの竜鱗騎士達が町中に飛来した事によって掃討も進み……日が落ちる頃には一通りの町中での討伐が済むという「侵攻」発生後の状況としてはかなり理想的かつ最速の解決が成ったのである。

 町中に侵入されたという状況も含めれば相当の快挙と言えるし、いつ殺されるかという恐怖に怯えていた一般住民も悲壮な決意をしていた自警団員達も……この後の恩賞を期待する騎士達も、全員が「終わった喜び」に沸いていた。

 勿論、街中にはモンスターに殺された人達の死体や、モンスターそのものの死体も無数に転がっており……手放しに喜べるような状況ではない。

 気持ちを切り替えた自警団の面々による片付けや埋葬も始まっており、町民達も壊れた建物の後片付けや町中に開いた穴の埋め戻し作業に奔走していた。

 そうして熱狂から現実に帰ってくると単純なもので、空を舞い瓦礫の片づけを手伝う竜鱗騎士達もその「日常」の中にすでに組み込まれつつあった。


「……」


 そんな様子を見ながら、カナメは壁砦の上で小さく溜息を吐く。


「どしたの、カナメ」


 聞こえてきた声に振り返れば、そこには何かの瓶らしきものを持ったアリサの姿がある。


「あれ、アリサ。作業手伝ってくるんじゃなかったっけ?」

「うん、少し手伝ってたけど、報酬出そうな雰囲気じゃないし抜けてきた」


 タダ働きは大っ嫌いなんだよねー、などと本気で嫌そうに語るアリサにカナメは苦笑する。

 同じく手伝ってくると言っていたエリーゼ達が戻ってこないところを見ると、抜けてきたのはアリサだけなのだろう。


「まあ、俺も人の事は言えないけど」


 カナメの場合は手伝おうとすると「とんでもない。休んでいてください」と自警団員や騎士に止められてしまうからなのだが、どうにも「サボっている」ような気がして落ち着かない。


「カナメの場合はアレで手伝ってるじゃない」


 そう言って竜鱗騎士達を指差すアリサにカナメは「あー、まあ……ね」と曖昧な返事を返す。

 確かにその通りなのだが、自分の手足を動かしているわけではないのでなんだか「他人任せでふんぞり返っている」ような気分になってしまうのである。

 しかしそれを言うとアリサに呆れられる気がしたので、カナメは適当に誤魔化す言葉を探して……アリサの持っている瓶に視線を向ける。


「そういえば、それは?」

「ん、カナメに持っていくって言ったら気前良く……ね」


 にんまりと笑うアリサの表情から、酒か何かだろうかとカナメは推測する。

 相変わらず文字は読めないままだが、葡萄の絵くらいは分かる。


「高級なブドウジュース。凄いよね、騎士団って。こんなもん予算で買えるんだよ」

「あ、ジュースなんだ」

「お酒が良かったの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 カナメが手をパタパタと振って否定すると、アリサは「そうだろうね」と頷く。


「なんとなく、カナメはこっちだろうなーって思った」


 そう呟くとアリサは二つのグラスを取り出し瓶の中身を注いでいく。

 篝火の明りに照らされたグラスは妖しく煌き、その内に炎を閉じ込めたかのように周囲を映し出す。

 それを見て、カナメは自然と無言になってしまう。

 特に理由があるわけではないが……なんとなく、恐ろしい何かが其処に閉じ込められているかのような妄想に囚われそうになったのだ。


「はい、これはカナメのね」


 ぺとりとグラスを頬に押し付けられたカナメはハッとしたように身を引くと、愛想笑いを浮かべて「ありがとう」と答えグラスを受け取る。

 口をつけようとして、その前に乾杯でもあるだろうかと思い留まり……しかし、アリサの視線にカナメはぎょっとする。


「な、なんだよ。まだ飲んでないぞ?」

「そんなのどうでもいいよ。それより、今度はどうしたの?」

「どうしたのって……何が?」

「ヴーンをブッ殺した時と同じような目をしてるって言ってんの。大活躍だったって他の皆は言ってたけど。何かあったの?」


 そう言ってグラスを傾けるアリサに、カナメは「乾杯はしないんだな」と思いながら何もない、と答える。

 そう、何もなかった。確かに大活躍できたと自分でも思うし、失敗もしなかった。


「上手く出来た……と思う。弓の事も今までより分かってきたし、さ」

「そっか。いっぱいモンスター殺して大手柄だしね」


 アリサの言葉にカナメはピクッと肩を震わせ……「やっぱりそれか」とアリサは呟く。

 グラスを適当な場所に置くと、カナメにもグラスを置けと指先で指示し……カナメがそれに従ってグラスを置くと、瓶も離れた場所へと押しやる。


「何度でも言うけど、モンスターを殺さないっていう選択肢はないから。アレは明確に人類の敵で、殺さなきゃ殺されるっていう分かりやすい関係なんだからね?」

「……分かってる」

「いーや、分かってないね。カナメのソレは、「分かってない」奴の反応だもの。全ての命が平等だとか勘違いしてる、上から目線の暴論だ。だから悩んでる。違うってんなら言ってみなよ」

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