暗い森の中で

 暗い森の中。遠く何かが吹き飛ぶような爆音が響く中で、血塗れで木に寄りかかり荒い息を吐く男の姿があった。

 緑色の肌と服は黒い血で染まり、しかし目からは闘志が失われていない。

 その男の名はクラートテルラン。今まさに壁砦を襲っているモンスター達の総指揮官であるはずだが……控えめに見ても重傷なクラートテルランの視線の先には、五人の男女の姿があった。

 それぞれ性別も年齢も体格も全て違うが、全員が揃いの分厚い金属製の鎧を纏っている。

 見た目通りの重さであるならばまともに動ける重量ではないはずだが……彼等に息が乱れた様子はなく、間違いなく何かの魔法装具マギノギアであるだろうとクラートテルランは予想しながら血の混じった唾を吐き捨てる。

 周囲には事切れたモンスター達の残骸が転がっており……それだというのに相手には怪我一つないのだ。


「帝国騎士団……それも中央の奴かよ。なぁんでこんな辺境に出張って来てやがる」


 事件を起こす以上、クラートテルラン達は長い時間をかけて色々な事を調べていた。

 この地は帝国にとっても王国にとっても旨味の少ない辺境であり、土地としても農耕に向いた土質ではない。

 広大な森は林業の視点から見ても然程利益の上がるものではなく……国境沿いとはいえ「線引き」に一喜一憂する程の場所でもない。

 それ故に、互いに適当な貴族に治めさせていた場所である。

 一挙に町を一つ攻め落としてしまえば、王国も帝国も警戒して戦力を逐次投入などという真似をしなくなる。

 更には王国側でのみ騒ぎを起こせば帝国も手を出しづらい。

 だからこそ、「此処」で何かが起こっても相当に解決までは時間がかかる……はずだったのだ。

 その間に王国も帝国も蹴散らせるモノがダンジョンから出てくれば万々歳ではあったのだが……。

 まさか当日のうちに中央の帝国騎士団なんてものが……しかも国境を越えてやってきているとは予想外に過ぎた。

 こんな連中に手間取っているうちに、森の外ではかなり状況が悪くなっているのも分かっている。

 指揮官を任せていた中級邪妖精ミルズ・イヴィルズはそれ程機転が利くわけではない。

 作戦が修復不可能な状況になってしまえば、立て直すのは難しいだろう。

 だからこそ、こんな場所で手間取っている暇はないはずなのだ。

 だというのに、何故こんなところに。

 睨み付けるクラートテルランに、先頭に立つ緑髪の少年が口を開く。


「ダンジョンの場所を教えてもらうわ。その為に生かしてるんだから」

「あぁ? その口調と声……お前、まさか女か?」


 色気もクソもあったもんじゃねえな、とクラートテルランが吐き捨てると少年……いや、少女は怒りと恥辱に満ちた顔でクラートテルランを睨み付け、それを見てクラートテルランは心の底から楽しそうに笑う。


「ハハハ……カハッ、クハハ! まさか気にしてやがったのか! 女捨ててるもんだと思ってた……ぜ!」


 クラートテルランは後ろへ飛ぶと同時に、手の平から衝撃波を放つ。

 詠唱もイメージの構成も必要としない単純に魔力を適当な「何か」に変換しただけの……しかし、威力もそれなりにある奥の手だ。

 これで死ぬとは思えないが、土煙を巻き上げ視界を奪ったことは大きい。

 更に数発の衝撃波を撃ち込むと、素早く離脱するべくクラートテルランは身を翻そうとして……しかし土煙を裂いて飛んできた見えない刃のようなものに切り裂かれ、そのまま木に叩き付けられる。


「ご……あっ!?」


 何だか分からないが、今のは間違いなく風の魔法だった。

 恐らくは風の刃ウィルブレイドに近いもののはずだが、違う。

 なんというか……もっと適当に構成したような、武器でいえば適当に鋳造したなまくら剣のような……そんな印象がある。


「逃げるんじゃねえよ。面倒だからよ」

「ちょっと、アリオス。殺しちゃダメよ」

「別にいいだろ。殺したら殺したで、手はいくらでもあるんだしよ」

「まあまあ。でも確かに、見たところ指揮官っぽいし。死体があればこっちの手札になる」


 緑髪の少女に反論する逆毛の男と、それを擁護するなよっとした印象の男。

 先程の話と総合して……クラートテルランはようやく、彼等の行動を完全に理解する。

 そして理解できると、それがあまりにも面白くてクラートテルランはたまらず笑い出す。


「は、はは……ひははっ! くだらねえ……なんてくだらねえオチだ!」


 要は、こういうことだ。

 恐らくは帝国は、今回の事件に感付いていたのだ。

 その発端が何処かはわからないが……恐らくは小金に目が眩みダンジョンを隠蔽した冒険者達が酒か女が原因でポロッと何かを漏らしたのだろう。

 ひょっとすると、買収したミーズの町の騎士達からかもしれない。

 とにかくダンジョンがあるとなれば、この土地の価値は跳ね上がる。

 それ程までに「管理されたダンジョン」は人類にとって経済効果を生む。

 だがダンジョンが王国側にあったならば帝国は手を出せない。

 だから放置した。放置して、帝国が口を出せるような状況になるのを待っていたのだ。

 恐らくはこの帝国騎士達も、その為に近くに配置されていたのだろう。


「世界が滅ぶかもしれねえ事件も、利権争いの種か。どっちが邪悪か分かったもんじゃねえなオイ」

「首謀者に言われたくないわ。そもそも王国の管理不行き届きを私達がフォローしてあげる必要はないもの」

「違ぇねえな」


 小さく笑って同意すると、クラートテルランは魔力を練り上げる。

 勝てない。

 恐らくは逃げられない。

 王国と帝国の諍いなど知ったことではないが、利用されるのは御免だ。


「……デラノウ・エランフェータ・レスロウ……」

「詠唱……! 止め……」

「カナン・ルーレ!!」


 クラートテルランの絶叫じみた詠唱と同時にクラートテルランの体が弾け、ぞっとする程に青い炎が火柱となって天を焼く。

 その炎が消えた後にはクラートテルランも……クラートテルランの首を刎ねて止めようとしていたアリオスと呼ばれていた男の姿も……何も、残ってはいない。

 その光景に少しの間呆然としていた帝国騎士達は……殉職したアリオスの為に黙祷を捧げると、「次の行動」に移るべく準備を開始した。

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