ミーズ防衛戦8

 飛び出してきたのは邪妖精イヴィルズ下級灰色巨人デルムグレイゼルト……カナメが見たことのない赤色の大男の姿もある。


「あら、下級赤色巨人デルム・レッドゼルトね。アルハザールがよく火を吹くしか芸がない分灰色グレイに劣るって言ってたわ」


 そう、それは下級赤色巨人デルム・レッドゼルト

 下級灰色巨人デルム・グレイゼルトよりも小柄だがそれでも人間よりは大きく、口から火を吹く能力を持ったモンスターだ。

 実際には下級灰色巨人デルム・グレイゼルトよりも恐れられるモンスターであるのだが……神であるレヴェルの視点から見れば大した違いはない。

 他にも巨大なムカデのようなものなどもいるが……それらは追い立てられるように森から出てきた後、他の個体と比べれば幾分か大きいローブ姿の邪妖精イヴィルズの叫び声に従うように隊列を立て直す。

 だが軽い恐慌状態に陥ったモンスター達は中々纏まらず……そこを狙って壁砦の上から矢や魔法が飛んでいく。


「カナメ様、あれ……!」


 エリーゼの指差す方向をカナメも見て、それから周囲をぐるりと見回す。

 他に指揮官らしき者は……あのクラートテルランやアロゼムテトゥラといった連中の姿はそこにはない。

 となると、あの邪妖精イヴィルズがこの場の残った指揮官であるのは間違いない。


「アイツが今の指揮官か……なら!」

「待ちなさい」


 倒すべき敵が居なくなって上空を旋回している竜鱗騎士達をそちらへ差し向けようとしたカナメの眼前にレヴェルの伸ばした手の平が現れ、カナメは思わず後ずさる。


「え、え? カナメ様、どうかなさいましたの?」

「え、い、いや」


 やはりエリーゼにはレヴェルは見えないようで、カナメは咳払いしてレヴェルへと視線を向ける。


「エリーゼ、危ないからちょっと離れてて」

「え、ええ」


 弓を構える仕草をしながら小声でカナメは「なんだよ」とレヴェルに問いかける。

 先程から黙ってじっと見ているハインツの視線がどうにも刺さるが、とりあえず気にしてはいられない。


「アレはとりあえずそのままにしときなさい。それより、理解できたかしら?」

「……色々と凄い矢を撃てる事くらいは知ってたさ。どんな矢か分からないから、気軽には撃てなかったけど」

「昔のレクスオールが使った矢が知りたいなら、今壁を登ってきてる神殿の娘に聞きなさい。私だって、彼が使ってたものしか知らないわ。それより、やっぱり分かってないのね」


 レヴェルは溜息交じりに「構えなさい」と正面を指し示す。


「え? そっちには指揮官は……」

「いいから。材料は水よ。そこで観察してる執事から貰いなさい」

「え、あ……えーと、ハインツさん。水貰えますか?」

「はい、カナメ様」


 カナメに水筒を差し出したハインツはカナメの周囲をじっと見回し「ふむ」と頷きながら下がっていく。

 その様子にレヴェルが「見えない何かが居るっていうのには気付いてるわね」と面白そうに呟くが……カナメとしてはなんとなくドキドキしてしまう。


「……何もしてないのに悪い事してる気分だ」

「自分に自信がないからね。さ、作るのは凍域の矢フルヴェルムアローよ」


 バッサリ切って捨てられたカナメは少し落ち込みつつも、「矢作成クレスタ凍域の矢フルヴェルムアロー」と唱える。

 すると水筒の中の水がカナメの手元に意思を持つかのように移動し、青色の矢に変わる。


「あれ、今直接触ってないのに……」

「その程度の距離なら魔力で触れられるわ。さあ、早く」

「あ、ああ」


 凍域の矢フルヴェルムアローを番えると、カナメはレヴェルの指し示した方角へ向けて放つ。

 すると凍域の矢フルヴェルムアローはカナメが狙った場所に吸い込まれるかのように飛翔し突き刺さり……その場所を中心に、青い魔力の光を綺麗な円形に展開する。


「な、何ですかアレ!?」

「うわあっ!」


 壁を登り切ったイリスが顔を出してそんな声をあげるが……そんなイリスの背後で、青い光の円に囲まれた内部にある全てが甲高い音と共に一気に氷の塊へと変化する。


「えっ……」

「これは……」

「えっ? ……あっ」


 エリーゼとハインツが驚愕の声をあげる中、壁砦の上に降りたイリスもようやく振り返り驚きの声をあげる。

 すでに青い円は消えているが、地面も草もモンスターも……全てが静かに凍り付いたその光景は、驚愕などという言葉では収まらない。


「カナメ様、あの矢は一体……」

凍域の矢フルヴェルムアローっていうんだけど……凄いな」

「凄いのは貴方よ、新たなるレクスオール。まだ分からないの? これは全部、貴方の魔法なのよ」


 折角纏まりかけたモンスター達の統制もこの矢の一発で更に乱れはじめ……降り注ぐ矢も魔法も、その混乱に拍車をかける。

 狂ったように壁砦に突撃をかける敵もいるにはいるが、個別に向かってきた所で大した脅威ではないとばかりに撃破されている。

 だが、そんな光景には興味がないとでも言うかのようにレヴェルはカナメを見上げる。


「その弓は、貴方の力を解き放つのに適した形になっているだけ。人間の言う神の武器とはそうしたもの。そして、貴方の作る矢は貴方の魔法そのもの。矢という形に押し固めた、貴方の力」


 どんな効果か分からないのではない。

 カナメが今までやっていたのはどんな料理を作りたいのかすら決まらぬままにレシピ集の索引をなぞっているのと同じで、「何をしたいのか」が決まれば自然と使うべき矢が浮かんでくるとレヴェルは語る。


「昔のレクスオールから力を借りた気になっているから、貴方はいつまでたっても実力が発揮できないのよ。いい加減目覚めなさい、新たなレクスオール。それとも、どうあっても私に死を看取らせる気なの?」


 そんな事を言われても、カナメには分からないことだらけだ。

 レヴェルがカナメの知らない事を知っているというならば……これが終わった後に、全部聞かせてもらわなければいけない。

 だから、まずは。


「……全部、吹っ飛ばす……!」


 レヴェルの言った通りに、カナメの「吹っ飛ばす」という意思に応えるかのようにカナメの頭の中にそれを可能とする矢の知識が浮かんでくる。

 だが、材料の問題がある。その中で今使えるものをカナメは素早く選び出し……手に魔力を込め風を掴み取るイメージを描く。


矢作成クレスタ……風爆の矢ダムウィンアロー!!」


 放たれた矢は着弾と同時に周囲を吹き飛ばし荒れ狂う風を生み出し、更に連続で放たれた風爆の矢ダムウィンアローが容赦なくモンスター達を薙ぎ払っていく。


「これは……もう出番なさそうですねえ」


 そう呟くイリスの言葉は、壁砦の自警団員や騎士達の言葉の代弁であるとも言えるだろう。

 カナメが風爆の矢ダムウィンアローを放つ度に吹き飛んでいくモンスター達の姿に歓声をあげる彼らの声は喜びそのもので……街中への増援の話を始める指揮官達の姿すらあった。

 カナメの懸念していたクラートテルランは姿を見せぬまま……こうして壁砦での防衛戦は、大勢を決しようとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る