理由2
私なら殺す、と。そう語るアリサにエリーゼは絶句する。
そうせざるをえなかった。そうなりたくはなかった。
それでも生きる為にそうなった人達を救うのではなく「殺す」と迷いなく宣言できるアリサが、一瞬理解できなかったのだ。
「酷い奴だと思う?」
「……正直に言えば。普通なら、結果的にそうなったとしても「女子供も全員殺す」とは宣言しませんわよ?」
「そうだね、それが普通。でも冒険者は違う。冒険者はそう考えない。だから「普通の人」に嫌われるんだよ」
実を言えば、騎士団でも同じだ。騎士団が盗賊の本拠地を制圧する場合、殲滅が基本である。
これは盗賊行為が理由を問わず極刑と定められているからだが……これには理由がある。
先程アリサが例にあげた「そうならざるを得なかった場合」だが、これは例えば飢饉の場合などがあげられる。
そうしなければもうどうしようもない。そう考え近隣を襲うその感情は、充分に理解できる。
だが、その盗賊行為の先には被害者がいる。
そして……実は盗賊の中で一番残虐なのは、こうした「そうならざるを得なかった」者達であったりする。
「ど、どうして……」
「バレたくないから。自分達の顔を知ってる奴に見られたら、奪ったのが自分達だと知られちゃうから。だから生かしておけない。不安で不安で仕方ないから、皆殺しにしちゃうんだよ」
享楽の為に盗賊行為をしている連中とは、その辺りが違う。
「そうしなければ」と覚悟が決まっている分、一線を越えるのも早い。
立派な「凶悪盗賊団」に進化するのも早いのだ。
それを「理解できるから」と目こぼししていては、近隣の善良な住民達が収まらない。
自分達はどんなに苦しくても耐えているのに、そいつ等は許されてしまうのか。
そうした怒りは騎士団へ、そして統治者へと向く。
更には「もしもの時でも子供達だけは許される」という逃げ道が大人達を凶行へ走らせるという学者達の意見も厳罰化への道筋を作った。
領民が盗賊団にならないように策を講じるのは領主の責任ではあるが、盗賊団にならないのは領民の義務である。
この原則の元、「盗賊団はその事情に関わらず全員極刑とする」という原則はこの頃に出来た。そして同時に「旅人が盗賊団に襲われた場合、その場で処刑する権利が与えられたものとする」という付則も同じ頃に出来た。
「で、盗賊団になろうと簡単に考える連中は減ったわけだけど。それでもなっちゃう連中はいるわけだ」
アリサの言葉に、エリーゼは胸の奥がズキンと痛むのを感じる。
アリサが話しているのは、間違いなく王国内の話。
ならばそれは、末席に近いとはいえ王族の一員であるエリーゼにも関わりのない話ではない。
「普通なら騎士団が行って殲滅するんだけど、騎士団だって暇じゃないしわざわざ人間相手の殺し合いなんてしたくないわけだ」
そうでなくともモンスターの殲滅任務があるし、危険な野獣の退治だって騎士団の仕事だ。
更に言えば、町の安全確保だって大切な仕事だ。
まあ、そんな言い訳をしながら騎士団は冒険者ギルドへと「盗賊団の殲滅」の依頼を出したりする。
「騎士団だって「無慈悲な連中」なんて言われたくはない。当然だね」
「え、でも。それは……」
「被害にあった人達と安全な場所にいる連中は違うからね。安全な場所から「皆殺しなんて野蛮だ」とか言う連中は幾らでもいるよ」
「……っ」
「ああ、ごめん。エリーゼを責めてるわけじゃないんだ。カナメだって同じ事言うと思うし。これは単純に見解の相違。そういうものなんだよ」
それでも。だからといって「そうですか」と納得できるものではない。
エリーゼは、自分がその「安全な場所にいる連中」の一人だということくらい自覚している。
たとえ、道中で襲ってきた盗賊団をハインツと共に何度か撃破したことがあっても……こんな深いところまで考えたことはなかったからだ。
「で、まあ……そういう仕事は冒険者に回されるようになって……「正義に燃える冒険者」は、大抵そこで心が折れるか歪む。相手も殺されると分かってるから、女も子供も命がけで向かってくるからね。皆殺しにするまで、絶対に終わらない。そのくせ、終えたら終えたで野蛮だの人殺しだのと罵られる」
無慈悲で野蛮な冒険者。
盗賊に堕ちれば、金目当ての冒険者に殺されるぞ。
そんな話が当然のように語られるようになってもまだ、「そういう依頼」は尽きる事はない。
「カナメは素直だから、同じ話をすれば納得するかもしれないけど。でも、だから出来るかと言えば話は別」
そう、「分かる」と「出来る」は違う。
特にこういう問題はそうだ。理屈は分かるが理解できないという者、あるいは理解すらしたくないという者……殺すか殺さないかという話にしかできないお前が間違っているなどど夢見がちな事を本気の目で語る者もいる。
だが一番問題なのは……「それが正しい」と理解した上で実行できない者だ。
それしかないと分かってはいる。だが、それでもなんとかできないかと苦悩する。
それが剣先を鈍らせ、結果として死んでしまうのだ。
「カナメはたぶん、そういうタイプ。死なないかもしれないけど、それでも……きっと、何処かで心を壊す。私と一緒になるっていうのは、そういう道に進むってことだもの」
カナメにはそうなってほしくはない。だから私はカナメを選ばないんだよ、と。
アリサはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。
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