理由

 アリサを追いかけて部屋に戻ったエリーゼは、アリサに誤解だと必死で説明し……楽しそうな笑みを浮かべていたアリサは、やがて「分かった、分かったってば」と根負けしたように両手をあげる。


「……本当に分かってくださったのかしら?」

「だから分かったってば。もうちょっとピュアな場面だったんでしょ?」

「含むところがありそうな発言ですわね?」

「んー?」


 開け放った窓の近くに背を預けていたアリサは、そう言って外に目を向ける。

 先程の事件があったせいか「自分の工房は大丈夫か」と行き交う職人達の姿がチラホラと見えるが……その中には「まだ犯人がいるのではないか」と巡回をする自警団員達の姿も見える。

 今下に降りればそうした面倒事に巻き込まれるのは間違いないが……宿の中にいる限りは大丈夫だろう。


「ちょっと、アリサ?」

「聞いてるってば。だってさ、ほら。全部が誤解ってわけでもないでしょ?」


 そう言ってアリサが視線を向ければ、エリーゼの頬は微かに赤く染まる。


「カナメから何かするわけないから、エリーゼからアプローチしたんでしょ?」

「そ、そうですけど……貴女のそれはカナメ様への信用ですの?」

「うーん、それもあるかな?」


 カナメは、ハッキリ言えば奥手だ。自分から何かする度胸がないのは、すでに確認済だ。

 更に言えば周りの状況に対応するのでほぼ限界で、「他」に目を向ける余裕があまりない。

 恐らくだが、「何になりたいか」と聞いたところで明確な答えは返ってこないだろうとアリサは考えている。

 まあ……コネのない者がなれる職業などたいして多くはない。自然と荒事に身を置くことになるだろうが……幸いにも、カナメにはその方面でやっていけるだけの「力」があった。

 結果的にはそれがアリサの危機を救いエリーゼという仲間を引き寄せたのだから、アリサが導かずともカナメがそうなるのは必然だったのかもしれない。

 ある意味でその活躍は英雄王にも似てはいるが、カナメが彼の伝説と違うのは「奥手で誠実」ということだろう。

 まあ、今後なんらかのきっかけで英雄王のような女性遍歴を築かないとも限らないが……とりあえず、今のところは信用している。


「まあ、ほら。普段「ああ」で女関係にだけアクティブだったら、それはそれで凄いと思うよ?」

「うっ……それはそうですけど」


 エリーゼが黙り込んでしまったのを見て話は終わりかな……などとアリサが考えるが、エリーゼはアリサから視線を外さないままだ。


「んーと……何?」

「アリサは、どうなんですの?」


 投げかけられた質問にアリサは驚いた顔をし……だが、エリーゼの顔が本気のものなのを見て「うーん」と困ったような声をあげる。


「それって、カナメが好きかってこと? 好きか嫌いかの2択なら好き、でいいけど」

「そんな答えのようで答えになってない返事は要りませんわ」


 誤魔化すな、とエリーゼに言外に言われてアリサは「むう」と唸る。

 まあ、ちょっとの差とはいえカナメに先に会ったのはアリサだから心配になるのは分からないでもない。

 

「私とカナメがそういう関係になることは、ないと思うよ?」

「……なんでですの? カナメ様はアリサの事も気になってると思いますわよ?」

「それ言うならイリスの事も意識してると思うよ」

「今はアリサの話でしてよ」


 絶対に誤魔化させないぞ、という強い意志を感じるエリーゼに根負けしたようにアリサは溜息をつくと、「真面目な話になるよ?」と前置きする。


「まず言うけど。私はカナメの事は好きか嫌いかで言えば好きだよ。単純に人間として信用できるし、安心できる」

「そうですわね」

「……でも。その上で、私はカナメとそういう関係にはなれない」


 それは、断定。

 明確なる意思表示に、エリーゼは思わず「どうしてですの?」と問いかける。

 普通ならば、安心するべき場面。しかし、アリサの言葉に「何か」を感じたからだ。


「そうだねえ……うーん、たとえばの話だけどさ。旅の途中、盗賊団が出てきた。数は男女合わせて5人。エリーゼだったらどうする?」

「盗賊団はその場で処刑が認められていますわ。襲ってくるなら当然返り討ちでしてよ」

「そうだね。私もそう、その場で全員皆殺しだ」


 その話がどう関係するのか。首を傾げるエリーゼはしかし、アリサの次の言葉にピクリと反応する。


「でもたぶん、カナメは迷う。命乞いされたら逃がすかもしれない」

「それは……でも、それは個人の自由でしてよ。逃げて改心するなら、それはそれで意味がないとは」


 盗賊団の成り立ちは色々ある。

 単純に享楽を目的になったならず者集団、生活の苦しさに耐えかねてそうならざるを得なかった者達。

 特に後者の場合は、エリーゼの言ったように改心の余地がある。何しろ、そうなりたくてなったわけではないのだ。


「なら、冒険者として盗賊団退治の依頼を受けたとしようか。相手はそうしなければ飢え死んでしまうと、盗賊団になって近隣を襲った村の連中。当然村だから女子供もいるし、妊婦だっているかも」

「その例えは卑怯ですわよ。そんなの、どうにか救う方法を考えた方が」

「カナメもそう言うだろうね。でも、私は違う。それが理由かな?」

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